道中のひととき
王都を後にした僕たちは、石畳から土の道へと続く街道を進んでいた。
まだ王都の一角には瓦礫が残っていたが、人々の手で復興は着実に進んでいる。その姿を背に見送ると、胸の奥に熱いものが広がった。
「セージ様」
馬車の御者台に座っていたセレスが、振り返って微笑む。
「陛下があれほど民のために決断をしてくださった……私たちも、応えなければなりませんね」
「ああ。……この道も、戦いのためだけじゃなく、未来へ繋がる道であってほしい」
そう口にすると、ルミナスが隣で欠伸をしながら呟いた。
「……未来。大事。けど、今も大事。……お腹、減った」
リンカがくすりと笑い、荷台から包みを取り出す。
「しょうがないな。領民のみんなが渡してくれた干し肉、まだ残ってるよ」
「やった……! さすがリンカ」
ルミナスは嬉しそうにそれを受け取って、もぐもぐと口に運んだ。
僕も少し口にした後、馬車の中で膝を抱えて座るミレイユに目を向ける。
「……迷っただろうな。残るか、来るか」
ミレイユははっとして顔を上げ、少し照れくさそうに笑った。
「はい……でも、やっぱりセージ様のそばにいたくて。それに、エリス様を支えられるのは……私しかいないから」
その瞳は強い決意で揺れていた。
アンナは静かに頷き、短く言った。
「適材適所。……ミレイユが行くのが一番」
僕は自然と頬が緩んでしまった。
「ありがとう。……みんなに支えられてるな、俺は」
そうして小さな休息の場は、笑い声と温かな沈黙に包まれた。
玉座の間を後にして、僕たちは王都に滞在することになった。
イグニスの炎に焼かれた城壁や街並みは、まだ傷痕を抱えたまま。それでも人々は懸命に立ち直ろうとしていた。
瓦礫を片づける人々の姿、木槌を振るう音。市場には仮設の屋台が並び、香ばしい匂いが漂っている。復興の息吹と喧騒は、どこか懐かしい「日常」を思い出させてくれた。
ルミナスが露店の前で足を止める。
「……これ。甘い匂い。食べたい」
呟くような小さな声。焼き菓子を指差して、すでに瞳はきらきらと輝いていた。
「……わかった。買ってやるよ」
思わず苦笑すると、彼女はこくんと頷き、袋を大事そうに抱え込む。
リンカは鍛冶屋で弓の弦を張り直してもらっていた。
「セージ君、見て。新しい弦にしたから、もっと正確に飛ばせるよ」
嬉しそうに笑う姿に、胸の奥が温かくなる。彼女は常に戦いのために、自分を磨き続けている。
セレスは礼拝堂に赴き、瓦礫の間に集まった信徒たちへ祈りを捧げていた。
「この地に、再び平和と祝福が訪れますように……」
その声は澄んでいて、どこか壊れた街並みに優しく染み渡っていくようだった。
エリスとミレイユは領都の市場で物資の調達を進めていた。
「この薬草はタブリンス領へ持ち帰りましょう。再建の手助けになりますわ」
「はい! 私、必ず役立てます!」
エリスの毅然とした声に、ミレイユの返事は迷いなく響いた。
――それぞれが役割を果たし、復興の中に小さな喜びを見出している。
剣を腰に下げながら、僕はその光景を目に焼きつけた。
王都での滞在を終え、僕たちはダータルカーンへと戻ることになった。
まだ復興の途中にある王都の街並みを振り返りながら、胸の奥に複雑な思いが残る。
(……あの炎に呑まれた街が、こうして少しずつ立ち直っている。俺たちが倒した意味は、確かに残っているんだ)
石畳を抜け、街門をくぐる。門兵たちが一斉に敬礼し、通りすがりの市民が手を振ってくれる。
「セージ様、どうかご武運を!」
「王都を救ってくださって、ありがとう!」
その声が背中を押してくれるようで、胸が熱くなった。
馬車に揺られて進む道すがら、リンカが弓を抱えて言った。
「……やっぱり、戦いは終わってないんだよね。どこかでまた、七魔将が動いている」
「ああ。気を抜けない。けど……」
僕は横目で彼女を見やり、少し笑う。
「君が隣にいるだけで、心強いよ」
リンカは照れくさそうに視線を逸らし、小声で呟いた。
「……そんなこと言うと、もっと頑張っちゃうから」
ルミナスは車窓から景色を眺めていた。
「……山。森。道。全部……退屈」
「……いや、そこまで言わなくても」
苦笑すると、彼女は首を傾げて小さく笑った。
「退屈、でも……安心。少しだけ」
呟きながら袋から焼き菓子を取り出し、もぐもぐと頬張っている。
セレスは両手を組み、静かに祈っていた。
「道中の安全と……次の地での平和を、どうか」
祈りの声は小さいが、確かな響きを持って仲間の心を落ち着けてくれる。
ふと、後方の馬車から声が上がった。
「セージ様、少し休憩を入れませんか?」
顔を出したのはエリスだ。その隣には、荷を管理するアンナと、しっかりと包みを抱えたミレイユの姿があった。
馬車の中。
エリスとアンナが並んで座る隣で、ミレイユは膝に小さな布袋を抱えていた。
粗末な布に包まれているが、その手は宝物を扱うように震えていない。
中身は、領民や子供たちから託された手紙やお守りだった。
「……セージ様。これだけは、ストレージにしまいたくないんです」
ミレイユは小さな声で言った。
「みんなの気持ちですから。温もりごと抱えていきたいんです」
僕は頷き、彼女の想いを胸に刻んだ。
「……そうだな。荷物じゃなくて、心だ。大事に持っていこう」
ミレイユの頬が赤らみ、少しだけ微笑んだ。
窓の外に流れる景色は、まだ傷跡の残るタブリンスの大地。
けれど、その大地を照らす陽は力強く、再生を信じさせてくれる光だった。
「皆さまもお疲れでしょう。途中の村で休むのも悪くありません」
「そうだな……無理をしても仕方ない」
僕は頷き、道中の休憩を決めた。
――こうして僕たちは、少しずつダータルカーンへ近づいていく。
だが、その胸中には、次なる脅威への不安と期待が入り混じっていた。




