王都謁見
王都の高い城壁は、いまだ傷痕を抱えていた。
崩れ落ちた石を組み直した跡があちこちに見え、巨大な足場が城門の片側を覆っている。城壁の一部は黒く焦げ、風にさらされてもなお、戦火の匂いがわずかに残っていた。
門の前では復興作業に従事する職人と兵士たちが、掛け声を合わせながら瓦礫を片づけている。鎚の音、石を運ぶ車輪のきしむ音、木材が積み上がる音――そのどれもが、戦いがまだ過去になっていないことを物語っていた。
それでも、人々の顔には希望があった。
疲労の中にも、再建へと立ち上がる誇りがある。
(……この国も、俺たちと同じだ。戦いで傷ついて、それでも前を向こうとしている)
城門をくぐり、王宮の中庭へと進む。
石畳には補修跡が走り、焼け焦げた場所には新しく植えられた花々が小さく咲いている。整然と並ぶ衛兵たちの鎧もまだ煤でくすんでいたが、その眼差しには強い決意があった。
広間に入ると、さらにその光景は鮮明になった。
高い天井にはまだ黒い煤がこびりつき、金の装飾の一部は溶けたまま修復途中だ。壁に掛けられたタペストリーも半ば焼け落ち、新しい布が仮に張り直されている。
それでも、玉座は堂々とそこにあった。
焦げ跡の残る大理石の床を踏みしめ、僕らは進んでいく。
(……あの烈火の魔将の襲撃を受けても、なお立ち上がろうとしている王と民。俺たちの戦いは、無駄じゃなかったんだ)
リンカが僕の隣でそっと囁く。
「……思ったよりも、立ち直ってるね」
「ああ。でも、まだ終わりじゃない」
僕は短く答え、玉座に座る王の姿を見据えた。
復興の気配が漂う謁見の間に、緊張と希望とが交錯していた――。
謁見の間に踏み入った瞬間、空気が変わった。
修復途中の壁に掛けられた布はまだ焦げ跡を隠しきれていない。だが、玉座に座る王の姿は威厳を失っていなかった。深い皺に刻まれた眼差しには、燃え盛る城を背になお国を守ろうとした覚悟が残っている。
「セージ・タブリンスよ」
朗々と響く声が、煤の匂いを帯びた空間を震わせた。
「お前と仲間たちが烈火の魔将を討ち、王都を救った。その功績、国として永遠に刻まれるべきものだ」
頭を垂れる僕の肩に、仲間たちの視線を感じた。
(……俺たちの力は、この国の未来を守るためにある。父を倒すためだけじゃない)
王は続ける。
「加えて、タブリンス領を解放し、民を導いたこと――あれは正しく領主の器である。よってこの場で命ずる。お前をオメガ貴族として叙し、タブリンス領を正式に治める権を授けよう」
広間にざわめきが走った。
兵士や臣下の視線が一斉に僕へ集まり、リンカも思わず息を呑む。セレスは神妙な面持ちで祈りの姿勢を取り、ルミナスは小声でぼそり。
「おめでと。……セージ、貴族さま」
だが僕は首を振った。
「……陛下。ありがたいお言葉ですが、僕はそれを受けるわけにはいきません」
王の眉がわずかに動いた。
視線を正面から受け止め、僕は胸の内を吐き出した。
「僕は一度、タブリンス家から追放された身です。貴族としての資格も、家を継ぐ意志もありません。今の僕があるのは、仲間たちと……この地に生きる人々と共に歩んだからです。ですから、領主の座に戻ることはできません」
リンカが静かに頷き、セレスが目を潤ませた。ルミナスはぽつり。
「セージは、セージ。貴族とか、関係ない」
玉座の上で、王はしばし黙した。
やがて深くため息をつき、しかし瞳には揺るぎない光を宿して言葉を返す。
「……そうか。だがその覚悟、しかと受け取った。ならばお前は“英雄”として国に刻まれるがよい」
その宣告に、広間の空気が一変した。
兵士たちが槍を鳴らし、臣下が口々に「英雄セージ!」と唱える。
僕は剣に手を添え、深く頭を垂れた。
(……英雄か。重い言葉だ。でも、この名を背負う覚悟は、もうできている)
王の言葉が謁見の間に重く落ちた。
「……ならばお前は“英雄”として名を刻むがよい」
その余韻の中、列席していた貴族たちがざわめいた。
「領主の座を辞退だと……?」
「オメガ貴族の席を、みすみす……!」
「タブリンス領はどうなるのだ」
彼らの声は抑えているつもりでも、焦りと苛立ちが露わだった。
セレスが小声で祈りを口にし、リンカは射るような視線で周囲を睨む。ルミナスは口角を上げ、呟くように吐き捨てた。
「……うるさい。セージの決断。尊重しろ」
僕は深く息を吸い、王へ向き直った。
「……領民たちは、長い間、父の圧政と教団の支配に苦しめられてきました。僕は領主としてその上に立つ資格を持ちませんが――この地の未来を縛る鎖は、もう解くべきです」
王は静かに頷き、やがて臣下たちへ向けて言葉を放つ。
「タブリンス領は暫定的に王家直轄とする。民の税は三年にわたり半減せよ。復興のための労役を強いた者は厳罰に処す」
広間にざわめきが再び走る。だが今度は、先ほどまでとは違った色を帯びていた。
「三年……半減だと……」
「民を安んじさせるつもりか……」
王は貴族たちを見渡し、静かに言い放つ。
「――タブリンス領の民はすでに英雄セージを信じて立ち上がっている。ならば王家としても、その想いを後押しせねばならぬ」
臣下たちは渋々頷き、反論の声は消えていった。
セレスが小さく目を潤ませ、祈りを終える。リンカは安堵の吐息を漏らし、ルミナスはぼそりと。
「……よかった。民、救われる」
僕は剣の柄に手を置き、深く頭を垂れた。
「陛下……ありがとうございます。僕は英雄として、この国と仲間たちのために戦い続けます」
玉座の上で、王はゆっくりと頷いた。
「ならば頼もしい。七魔将の影はまだ残る。お前の剣は、この国だけでなく世界のためにある」
――謁見の間に重い静寂が訪れた。
だがその静寂の奥には、確かに新しい未来の脈動が芽吹いていた。




