決意の炎を込めた出立
森を抜け、領地への帰路についた。
夜明けの光が地平から顔を覗かせ、淡い靄が街道を包んでいる。
馬車の車輪が土を踏みしめる音だけが響く街道で、胸の内に宿る決意はさらに熱を増していた。
遠く、領都の城壁が霞の中に姿を現し始める。
そこには仲間を、領民を待つ者たちがいる――そして次なる戦いへの準備が始まろうとしていた。
領都の城壁が近づくにつれ、待ち構えていた領民たちの姿がはっきりと見えてきた。
瓦礫は片付き、広場には人の笑い声が戻っている。子供たちは裸足で走り回り、炊き出しの鍋からは湯気が立ち昇っていた。
(……母上。ほんの少しだけど、この地は立ち直り始めてる)
胸の奥に、かすかな安堵を覚える。だがその感覚は、すぐに冷たい違和感で上書きされた。
広場の隅で、老人が突然絶叫して地に倒れ込んだのだ。
「やめろ……やめてくれぇ! 未来が、未来がぁ!」
彼の眼は虚空を彷徨い、まるで見えない悪夢に囚われているようだった。
駆け寄ったセレスが両手をかざし、聖なる光を注ぐ。だが、悪夢の叫びは完全には止まらなかった。
「……幻惑。やっぱり、まだヴァルナ本体が生きてる」
僕の言葉に、リンカが唇を噛む。
「倒したと思ったのに……。じゃああれは幻影で、本体は……」
「うん。まだ潜んでる」
ルミナスが空を睨みつけ、腕を組む。
「なら、ルミナスたちがまた行く。逃げ場、与えない」
セレスも深く頷いた。
「人々を苦しめる幻惑を放置できません。……次は必ず討ち果たしましょう」
仲間たちの決意を感じ、僕は剣の柄に手を添える。
(……安堵に浸ってる場合じゃない。あいつを、本当に終わらせるまで)
その時、背後から声がした。
「セージ様、領内の市を再建いたしました」
エリスが笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。アンナもその横で、静かに頷いていた。
「不審者の侵入も、私が見張っております。ご安心を」
広場の反対側では、ミレイユが炊き出しの鍋をかき回し、シャミーが子供たちと遊んでいる。アーリアは古文書を抱えて調べ物をし、レイシスは兵士たちを訓練していた。
非戦闘組の仲間たちは、それぞれに領地を支えてくれている。
だからこそ、僕は迷わず言える。
「……領地は任せた。俺たちは、ヴァルナを討ちに行く」
その決意に、仲間たちの目が光を宿す。
そして、また新しい戦いの予感が胸を満たしていった。
領地を任せると宣言した僕らは、しばしの休息を取った。
だが心の奥底に漂う緊張は、決して解けない。ヴァルナ本体が生きている限り、いずれ再び姿を現す――それを全員が理解していた。
夜、焚き火を囲みながら、リンカが矢を磨いていた。
「セージ君……あの戦いで思ったんだ。もっと速く、もっと正確に矢を撃てれば……」
彼女の指は震えていない。ただ真剣に、次の戦いを見据えていた。
「リンカ、君の矢はすでに十分鋭いよ」
そう答えると、彼女は首を振った。
「ううん。奴の未来視に勝つには、“予想できない一射”が必要なんだ。……だから、もっと磨く。私だけの一矢を」
ルミナスが横から割り込むように笑った。
「リンカだけじゃない。ルミナスも進化する。炎も氷も、見慣れた。次は風、雷――もっと派手に」
言葉と同時に、掌から小さな稲光が迸る。焚き火の炎に混じって閃光が走り、僕らの影を一瞬浮かび上がらせた。
セレスはその光景を見つめ、静かに手を胸に当てた。
「……私も新しい祈りを探すわ。聖女だからじゃなくて、一人の仲間として。守り、癒やすだけじゃなく――敵の力を削ぎ、人々を守る盾になれるように」
三人の瞳は迷いなく燃えていた。
そして僕は剣を見つめ、胸の奥で呟く。
(……俺もだ。みんなが新しい力を見出そうとしている。なら僕も、“ためて放つ”を極めなきゃならない)
焚き火の火の粉が夜空へ舞い上がる。
その先に待つのは、千の眼を持つ魔将――ヴァルナ。
だが僕らはもう怯えない。新たな力を得て、必ず討ち果たす。
そう決意しながら、僕は仲間たちの顔を見回した。
火を照り返す笑顔も、真剣な横顔も、全部が心強い。
(ヴァルナ、本体……必ずそこまで辿り着く)
その誓いが、胸の奥で熱を帯びて燃え広がっていった。
◇◇◇
翌朝、僕らは旅支度を整え、領都を後にした。
朝靄に包まれた街路の両脇には、領民たちが列を作り、無言で手を合わせている。声をかけようとすれば涙で喉が詰まるからだろう。
「……見てるよ、セージ様」
誰かが小さく呟いた。その声が胸を貫いた。
リンカが矢筒を背に直し、僕に目を向ける。
「……必ず帰ろうね」
「ああ。君と一緒に」
交わした言葉は短くても、熱は確かに残った。
ルミナスは荷台の上から両手を広げる。
「領民たち、見送りすぎ! ルミナス、ちょっと恥ずかしい」
その明るさに周囲の緊張が和らぎ、見送る人々から小さな笑いが零れる。
セレスは振り返って両手を掲げ、静かに祈りを捧げた。
「神よ……彼らに平穏を。どうか今日も守り給え」
祈りの光が朝日と重なり、人々の瞳に涙を宿した。
僕は馬車の手綱を取り、街門の向こうに視線を向ける。
北の森。その奥に、ヴァルナ本体が潜んでいる。
(……待っていろ。今度こそ、終わらせる)
軋む門が開かれ、朝の冷たい風が頬を打つ。
僕らの影が石畳を越え、草原へと伸びていった。
その一歩ごとに、未来は確かに揺らぎ始めている――。




