見えない本体を追う夜
決意を胸に、俺たちは細かく役割を分けた。
ルミナスと俺、リンカ、セレスの四人が実働部隊。城に残る皆には、領地の統治と補給を任せる。エリスは情報網を総動員し、アンナは治安の監視、ミレイユやシャミー、アーリア、レイシスは後方支援と民の励ましを続ける──そう約束して出発した。
朝霧が残る山あいの道を進みながら、俺は地図に印を付ける。アーリアが古文書から抽出した手掛かりは、北方一帯に漂う「視の瘴気」と、某所に残る古い祭壇の記述だった。ヴァルナの「眼」は単体で動くのではない。どこかしらに結びつく「核」があり、そこが本体の居場所を匿っている──そんな仮説を立てて動いている。
「セージ君、気をつけて」
――城での会議の空気が引き締まったまま、僕らは北へ向かった。
森を抜け、谷を越え、あの日に崩れた村や怯える集落を通り過ぎるたびに、胸が締めつけられる。あの老人めいた影が放った言葉――「さらなる絶望」――が、僕の背筋に冷たい針を刺し続けている。
「目撃者の証言を拾ってきたわ。失踪は一様じゃない。姿を見せる前に、何かを吸われたように消えている者がいる」
アーリアが地図に小さな符号を付けながら言う。彼女の声はいつも通り落ち着いているが、指先がわずかに震えていた。
リンカは草むらに腰を下ろして、視界をスキャンする。彼女の眼差しは【分析】の光で微かに輝き、情報が瞬時に脳裏を駆け巡る。
「北の渓谷。それから旧聖堂の遺構あたりに、同じような気配が散在してる。目のモチーフが繰り返されているわ。何かの儀式痕跡もある」
「目か……」
言葉に出してみると、嫌な既視感が胸に広がる。ヴァルナの“眼”はただの装飾じゃない。何かを見、何かを縛る力の象徴だと直感する。
「あちらに向かおう」
僕が言うと、ルミナスが肩を竦めて得意げに笑うように言った。
「そのとーり。すべてはルミナスのおかげ。炎で炙り出して、氷で固めて、ビシッと終わらせてやる」
セレスは静かに祈りを続ける。祈りの声は、仲間たちの鼓動に溶け込むように温かい。フィーリングリンクの残響が、身体の隅々に広がった。
周辺の村を回り、情報と手掛かりを繋いでいくと、たどり着いたのは古い観測台の廃墟だった。石造りの塔は風雪に磨かれ、屋上にかつて置かれていたはずの天文儀は崩れ落ちている。だが、そこかしこに小さな「目」の紋――陶器や金属で作られた、異様な工芸品が飾られていた。
「こんな量を作るってことは、誰かが組織的にやっている」
レイシスが低く呟く。手際よく索敵陣形を整える彼女の姿に、僕はいつも助けられている。
「この遺構の下には、古い水路が巡っているわ。人の流れを操るのに都合がいい」
アーリアが言った。彼女の指が示す方向に、防空壕のような入り口が潜んでいるのが見えた。
僕らは慎重に降りた。暗い通路の先で、灯りが揺れている。誰かが儀式を続けているのか――音はしないが、空気が歪んでいる。
「ここで通報を拾われて消えた人たちの匂いがする」
ルミナスが唇を噛む。手の内に収めた火の気配が、ぎりぎりの熱をはらんでいる。
通路の最深部で、僕らは“目”を祭る小さな祭壇を見つけた。祭壇の中央には、巨大な石の瞳が埋め込まれていて、その内部が微かに光っている。光は脈打ち、まるで呼吸しているかのようだった。
「罠だ」
リンカの矢がすっと放たれ、祭壇の周囲の罠を炙り出す。石の瞳は瞬間的にちらつき、幻影のように別の景色を映し出した――遠い未来、僕たちが倒れている光景。眼はそれを食い入るように映してくる。
「触れるな。光に取り込まれる」
セレスが手を前にかざす。彼女の祈りが薄い防御の幕を作り、光の侵食を遅らせる。
僕は剣の柄を強く握り、少しだけ【ためて】みた。ためる――といっても、僕の場合は意識の閾であって、時間を長く取る必要はない。たった一瞬で、攻撃に必要な“重み”が剣の先に宿る。
そのとき、祭壇の光が濃度を増し、空気を裂くような低い囁きが地下を満たした。数えきれない「視線」が一斉に僕らを捕らえ、脳裏に断片的な未来像を押し付けてくる。
(またやられるのか――いや、同じ手に乗るわけにはいかない)
僕はための感覚を自分の中で広げ、周囲の想いを吸い上げるように意識する。フィーリングリンクが微かに震え、仲間たちの「ため」の気配が伝わってくる。
「今だ!」
リンカの声。彼女は先ほど解析した“盲点”を狙って矢を放つ。その矢は祭壇の一角を穿ち、石瞳に亀裂を入れた。
亀裂から、一筋の黒い霧が溢れ出し、廃墟の空間に渦を巻いた。霧は視界を変え、錯覚を生む。だが今回は違う。僕らは想定外を作り続け、視界の縺れに耐えた。
「共鳴、行くよ」
セレスが小さく呟き、彼女の掌から温かな光が湧き上がる。光が祭壇の亀裂に流れ込むと、驚くほど強い消え方をした。黒い霧は音を上げ、空へと吸い上げられていく。
祭壇が崩れる。石の瞳は粉塵となって溶け、通路全体が不穏な振動を放った。
だが――それが終わりではなかった。地下の奥深くから、別の気配が立ち上がった。さっき見た老人風の“文体”とは違う、もっと濃密で、静かな怒りを伴う存在感。
「お前たちは小賢しい」――声は僕の頭の中で直接響くようだった。外殻が崩れただけで、本体が消えたわけではないのだ。
外に出ると、夕暮れが森を赤く染めていた。僕らはそこで一つの結論に達する。
「ここはヴァルナの端末だった。視るための“目”を大量に作る装置――本体は別に…」
アーリアが冷静に分析を重ねる。
「じゃあ本体はどこだ?」とルミナス。彼女の目が鋭く光る。
「観測台の役割を考えれば、視線を広げるために高所や都市の中心に隠れている可能性が高い。古代の遺構、天文台、あるいは王都の古い塔――」
レイシスの声に重みがある。指揮官の感覚で、彼女は戦略的に候補地を挙げていく。
僕は地図を睨み、指で北の遠い地点を指す。そこには、古い要塞の跡と、かつて聖樹があった崖の突端がある。人々の伝承では、「見晴らしの良い場所ほど、遠くを視る者が棲みつく」と言われていた。
「行くぞ。そこが本体の隠れ家なら、今度は一気に終わらせる」
僕の声に仲間たちが頷く。フィーリングリンクの残響がまた高鳴る。今回は、先ほどのようにただ突っ込むだけじゃない。準備を重ね、条件を整えてから叩きに行く。
準備期間――エリスとミレイユたちは領地に残り、補給と治療の網を完璧に整えてくれた。彼女たちの働きがなければ、僕らはここまで遠征を続けられない。
「皆、やれることは全部やった」
セレスが静かに言う。彼女の両手は小さな光に満ちていて、生命循環の残響が確かにある。
リンカは的確に偵察の経路を指示し、ルミナスは決戦用に魔力を温存している。レイシスは部隊の整列と撤退ルートを何度も確認した。
「神滅光輪陣は最後の一手だ」
僕は仲間たちに向かって言った。僕の心は落ち着いているようで、内側では緊張が走っている。神滅光輪陣――あの技の発動には条件がある。フィーリングリンクの深い共鳴、仲間全員からの“ため”の預け、そして――セレスの光の触媒。全部が揃えば、世界を刻むほどの一撃になるだろう。だが、代償もある。使ったあとの虚脱、フィーリングリンクの反動、そして相応の消耗。だからこそ、これを使う時は「本体」を打ち倒す確証が必要だ。
「確証はないが、行くしかない。ヴァルナが未来を縛るなら、俺たちがその未来を切り裂くしかない」
僕は剣を握りしめた。仲間たちの眼が僕に注がれる。信頼。期待。重み。
「行こう」リンカが弓を肩にかけ、ルミナスは拳を握る。セレスは小さく祈り、唇を噛む。
朝靄の中、僕たちは再び歩き出した。僕の胸の中で、母の墓前で誓った言葉が静かに燃えている――




