海辺デート
二十代半ばとなった咲季と稜秩のお話。
車のハンドルを握る稜秩は、助手席を一瞥した。そこに座る咲季の横顔が視界に入る。今の天気と同じで、晴れ晴れとした表情。
彼女は今、カーステレオから流れてくる音楽を口ずさんでいた。爽やかな夏ソングが、柔らかく耳に入ってくる。
「楽しそうだな」
「うん、楽しい! それに、いっちーと休みが被ったのも嬉しいし!」
笑顔を絶やさない咲季は、今にも踊り出しそうな勢いだった。
図書館に勤める咲季と呉服店に勤める稜秩。二人の休日が重なるのは久しぶりのことだった。些細なことで喜んでいる彼女を、稜秩は愛おしく思う。
そんな二人が乗る車は、海に隣接された駐車場へ到着した。車から降りた咲季が後部座席のドアを開ける。道中でテイクアウトした、袋に入ったファストフードたちが大人しく座っている。咲季はそれを手にし、ドアを閉めた。
一方稜秩は、トランクに積んでいたパラソルとレジャーシートを取り出した。
それぞれの荷物を持ち、浜辺へ続く階段を降りていく。
波打ち際から少し離れた場所にパラソルを設置し、レジャーシートを敷く。二人はそこに腰かけた。早速、買ってきたハンバーガーやポテトなどを広げる。咲季はエビバーガー、稜秩はチーズバーガーを手にした。
「いただきまーす」
声を揃え、同時にハンバーガーを口にする。咀嚼をしながら、互いに顔を合わせた。どちらも明るい表情。
それだけで同じ気持ちなんだと、稜秩は嬉しくなった。
「外で食べるとさらに美味しく感じるよね」
「だな」
言葉を交わしつつ、海を見つめる。穏やかな海面は、太陽の光でキラキラと輝いていた。
「いっちー、こっち向いて」
何の前触れもない言葉だったが、稜秩は素直に従った。
大きな黒い瞳と視線が交わる。
「……」
しかし、何も起こらない。ただ見つめあっているだけ。
すると、咲季が柔らかい笑顔を見せた。
「海も綺麗なんだけど、やっぱり、いっちーの目が一番綺麗だね」
「何年経っても?」
「うん。何年経っても、これからもずっと、あたしの中では一番」
「ありがとう。嬉しい」
互いに微笑み、それぞれハンバーガーを口にする。
しばらくの間は波の音と鳥の鳴き声だけだったが、とても心地のよい空間だった。
食事を済ませた二人はパラソルなどの荷物を車に載せ、波打ち際を散歩していた。
稜秩は、数歩前にいる咲季の後ろ姿を見つめる。肩甲骨まで伸びた黒髪が、楽しそうに左右に揺れている。
「あっ」
かと思えば、咲季が小さな声を発してその場にしゃがんだ。
「どうした?」
問いかけると、立ち上がった彼女が満面の笑みで振り返る。
「見て見て! 綺麗なシーグラス!」
弾んだ声とともに、手の平に乗せられたシーグラスが目の前に差し出された。楕円形に似た形で、鮮やかな緑色。
「本当、綺麗だな」
「磨いたらもっと綺麗になるよね」
「そうだな」
すると、咲季がシーグラスをズボンのポケットへ入れた。
「持って帰るのか?」
「うん。今日の記念に!」
明るい笑顔のまま、咲季は方向転換をして歩き出す。
稜秩もその後に続いた。ふと見た場所には、誰かが作ったであろう砂のお城がある。
「じゃあ、もう一つ記念に砂で何か作るか?」
「作ろう!」
提案すると、返事とともに咲季がまた振り返った。大きな瞳がキラキラと輝いている。
子供のようにはしゃぐ姿に、稜秩は微笑みを浮かべた。
二人は、波打ち際から離れた砂浜に移動する。
「何作る?」
問いかけると、楽しそうな瞳が上を向く。
「そうだなぁ〜。あ、砂で立体のものを作ってしりとりしよ! 絵しりとりみたいに!」
「立体か。それなら俺も作れるな」
「じゃあ、あたしから作るね」
そう言って咲季がその場にしゃがみ、足下の砂を両手で掻き集める。
稜秩も同じ体勢になり、彼女の手元に視線を注いだ。
(……うさぎ作りそう)
まだ何も形になっていないが、稜秩は直感的に感じた。同時に、次に自分が作るものを考える。
顔と思われる楕円形の上に、長い耳のようなものが生えた。
思わず笑ってしまう。
「えっ、何か笑うところあった?」
「いや。やっぱりうさぎ作ったなーって思って」
「作る前から思ってたの?」
「そう」
「いっちーは何でもお見通しだね」
「まあな」
稜秩は得意げな表情をする。
「次はいっちーの番だね」
「頑張るわ」
砂を一点に集め、頭に浮かんでいるものを形にしていく。半月形を作り、曲線の方にヒダを作る。
「んー……あっ、餃子!」
「正解」
「やった! 美味しそうだねー」
「晩飯は餃子にするか」
「そうしよ!」
今夜の夕食のメニューも決まったところで、咲季の番となった。
「〝ざ〟……〝ざ〟かぁ……」
「〝さ〟でもいいぞ」
「じゃあ〝さ〟にしよう」
少しだけ考えた咲季が手を動かす。砂の上に現れたのは、五つの花びらを持つ花。
「桜か」
「そう!」
当てられて嬉しそうな顔が頷く。
目の前の表情に、稜秩は釣られて頬を緩ませた。「幸せ」という言葉だけでは表現できない喜びが、心の底から湧き上がってくる。
それを噛み締めながら、砂に触れる。
桜に続いてラッコ、秋桜、スコップ、プロペラなど、砂から生まれた造形物は、次々と増えていった。
上手く作れたものもあれば、思うように形にならなかったものもある。それでも二人は笑い合い、しりとりを楽しんでいた。