出会いと再会
本編の9話「運命の出会いっ!!」の連朱視点のお話。
稜秩と遊んだ帰り。連朱は一人、自宅へ向かっていた。
噴水がある公園前に差し掛かった時。
「クソガキッ!!」
大きな声が聞こえてきた。足を止めた連朱は恐る恐る公園内を見る。高校生らしき青年二人が、地面に倒れている赤い髪の少年を激しく蹴っていた。
(あれって喧嘩……? 止めなきゃ……でも……!)
体格差でいえばあの二人の方が上なのは目に見えている。そして、過去に経験したことを思い出し、足が竦んだ。恐怖心で体が震える。
だが、赤い髪の彼を助けたい。どうすればいいのか。必死に思考を巡らせている時、パトカーのサイレンの音がしたら二人がいなくなるかもしれない。そんな考えが浮かんだ。
ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、動画サイトを開く。パトカーのサイレンの動画を探し、再生した。
徐々に音量をあげていく。
すると、暴力を振るっていた二人が慌ててその場から走り去っていった。
動画を停止し、少年のもとへ駆け寄る。
「大丈夫!?」
声をかけると、倒れている少年の顔がゆっくりと上げられる。
「……」
しかし、彼の反応が鈍い。唯一の反応といえば、顔が赤くなったくらいだ。
「大丈夫……?」
不安になった連朱は再度問う。
すると、少年はハッとした表情を見せた。
「だっ、大丈夫、ですっ!! っていうか、警察はっ!?」
「ああ、あの音はこれだよ」
連朱は、手に持っていた携帯電話に映し出された動画サイトの画面を見せる。
「これでパトカーのサイレンを大音量で流してたんだ。意外に効果があってよかった」
連朱は安堵を表情に表す。そして、ぽけーっとした顔の少年に問いかけた。
「何であの人たちに乱暴されてたの?」
「あ、えっと……あいつら、小学生相手にカツアゲしてたんです。それで見ていられなくて止めに入ったら、ああなりました」
状況を説明しながら少年が立ち上がる。その顔が苦しそうに歪んだ。腹を手で押さえてよろける。
連朱は、倒れそうになる少年の体を咄嗟に支えた。
「体、痛む?」
不安になり、彼の顔を覗き込むように見る。もし歩くのが難しいのなら、救急車を呼んだ方がいいのでは。そんな考えも浮かぶ。
すると、顔を上げた少年と目が合った。かと思えば、彼の顔の赤みが増し、心なしか体も熱く感じられる。
「一応病院行った方が──」
「そっ、そうっ、ですねっ……!!」
声を上擦らせる少年が慌てたように立ち上がる。
「たっ、助けて頂きっ、ありがとうございますっ!! 早速、病院っ、行ってきまぁすっ!!」
そう言い残し、少年は公園から走り去ってしまった。
「……」
怪我人とは思えぬ素早さに、連朱は呆気に取られる。
「……というか、俺何で警察呼ばなかったんだろ……普通そっちじゃん……」
ため息混じりに言葉を呟く。頭を掻き、彼の体調を案じながら公園を後にした。
自宅に到着し、中に入ろうと玄関のドアノブに手をかける。しかし、鍵が掛かっていた。
「あ、まだ誰も帰ってないのか」
鍵を取り出そうと、カバンの中へ手を入れた。すると、家の中から慌ただしい足音が近づいてくる。何だろうと不思議に思うと同時に鍵が開く音がし、ドアが勢いよく開いた。
「だっ!」
開くと思っていなかったドアに頭をぶつけた連朱は、衝撃で声が出た。痛みを訴える箇所を手で押さえる。
「兄ちゃん大丈夫!? ごめん!」
ドアを開けた犯人が慌てた様子で謝ってきた。
連朱は痛みに耐えながらその姿を捉える。
「朱李、わざとか……?」
「違う違う違う! わざとじゃないよ! 兄ちゃんが帰ってきたって思ったからダッシュで来て……ごめんなさい」
しゅんとして再度謝る弟を見て、まあいいかと小さな怒りを水に流す。胸の位置辺りにある頭を優しく撫でた。
「次は気を付けろよ」
「うん」
「というか、何でそんなに慌てているんだ?」
「おっ、俺! さっきカツアゲされそうになったんだ!」
「カツアゲ……?」
連朱は、偶然にも先ほど聞いたばかりの単語に動きを止めた。興奮気味の弟の話に耳を傾ける。
「そう! 公園で! でも助けてくれた人がいたんだ!」
「それって、赤い髪の男の子?」
「そうそうそう!……って、兄ちゃん知ってる人?」
「いや、初めて会った人」
「あの人大丈夫だった!? 殴られてなかった!?」
朱李が前のめりになって問うてきた。
落ち着かせるように、連朱は静かな声音で話す。
「あー、すごい蹴られてた……でも、会話もできたし走れるくらいには元気だったから、多分大丈夫だと思う」
「そうなんだ……あの人にまた会えると思う? 俺もう一回お礼が言いたいんだ」
「どうだろう……でも会いたいね。朱李のことを助けてくれた人だし」
今度会えた時はきちんとお礼を言おう。いつか会えますように。
そんな期待を胸に、数日を過ごした。
そして、迎えた新学期。連朱が学校に登校すると、転校生が来るという噂で持ちきりだった。
予鈴が鳴っても教室内はざわざわとしている。
すると、担任の先生がドアを開けて教室に入ってきた。その後ろには転校生。
「……」
彼の顔を見た連朱は目を見開いた。
歩いてくる姿を目で追っていると、教卓の横に並んだ彼と視線が交わる。
「……あっ」
二人の声が重なる。
こんな偶然もあるのか。連朱はまた会えたと、嬉しさを表情に現す。
(朱李を助けてくれたのが瀬輝くんで、その瀬輝くんがここに転校してきた。これも、何かの縁なんだろうな)
瀬輝の自己紹介を聞きつつ、不思議な巡り合わせに大きな喜びを感じた。
放課後になると、瀬輝が駆け寄ってきた。
「あの時はありがとうございました!」
彼が礼を言って深々と頭を下げる。一連の行動が、周りのクラスメイトたちの視線を集めた。
しかし、連朱は気にしない。
「そんな大袈裟だよ。体は大丈夫?」
「はい。打撲だけで済みました」
「そっか。大怪我にならなくて良かった。それに俺もお礼を言わないと」
「お礼?」
きょとんとした顔が小首を傾げる。
連朱は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「あの時カツアゲされかけてた小学生、俺の弟なんだ」
「えっ……!?」
驚きの声とともに目が開かれた。
彼の澄んだ瞳を見つめ「やっと言える」と、嬉しさを声に出す。
「家帰って弟に話を聞かされた時、すぐにキミのことだってわかったんだ。弟を助けてくれてありがとう」
「……」
感謝を伝えるが、彼からの言葉はない。代わりに、驚いていた瞳がキラキラと輝いていた。
「先輩! 俺、一生先輩について行きます!!」
「へっ!?」
想像もしていなかった発言に、連朱は思わず素っ頓狂な声を出した。周囲も何だかざわざわしている。だが、誰も二人の間には入ってこない。
「な、何で〝先輩〟……?」
「〝先輩〟が一番しっくり来るからです!」
「そっか……」
まごつく連朱だが、すんなりと受け入れた。
その後、クラスメイトたちも交えて少し話をし、下校することになった。昇降口で靴を履き替えている際、連朱は何となく聞いてみた。
「瀬輝くんの家はどこら辺?」
「俺の家はあっちの方です」
瀬輝が指をさす方向。それは、連朱の家がある方向でもあった。
帰宅した連朱は、急いでリビングへ向かった。そこには、先に帰宅していた朱李がいる。ソファーに寝転がって漫画雑誌を読んでいる弟に話しかけた。
「朱李、すごいことがあったよ!」
「んー、なにー?」
「朱李を助けてくれた人、俺の学校に転校してきた」
「えっ!? 何その偶然!」
漫画雑誌を投げ飛ばす勢いで起き上がった弟の瞳は輝いていた。想像通りの反応。
「しかもさ、家が近所でさ」
「えっ!? 運命じゃん!」
「思うよね。それで、お昼食べた後に遊ぶ約束したんだけど──」
「俺も行く! ちゃんとお礼言いたい!」
言い終わる前に言葉が飛んできた。連朱は笑みをこぼし、頷く。
「だと思った。朱李も連れてきていいって言ってたから一緒に行こう」
「やった! そうと決まれば早くお昼ご飯食べよう!」
「うん」
連朱は、朱李と協力して昼食の準備をする。
そうしながら、また会いたいと思った人に再会できた喜びを噛み締めた。彼とは不思議な縁で繋がっているのかもしれない。改めて感じると、胸が躍った。