表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

瀬輝の初恋

瀬輝(ぜる)が四歳の時のお話。

 デパートの一角に設けられた花屋。

 そこへやって来た瀬輝(ぜる)は、母の日の特設コーナー前で足を止めた。


「母ちゃんにはどれがいいかな」


 ピンクや赤、緑などの色とりどりのカーネーションを見ながら呟く。

 すると、隣にいる父がしゃがんで優しく声をかけてきた。


「この中で、お母さんっぽい花を選んでみたらどうかな」

「母ちゃんっぽい花……」


 父の言葉を繰り返し、並んでいる花をじっくりと見ていく。そうしていると、ピンときたカーネーションがあった。一際カッコよく見える花。一輪を手に取る。


「これ」

「うん、いいね。じゃあお金払いに行こうか」

「うん!」


 満面の笑みで頷き、カーネーションをレジへ持っていく。


「いらっしゃいませ」


 カウンターから声をかけてきたのは、二十代前半くらいの女性店員。茶色の長い髪を後ろで一つに束ね、穏やかな表情を浮かべている。

 彼女と目が合った瞬間、瀬輝(ぜる)の胸が高鳴った。運動をしたわけではないのに、心臓がバクバクとうるさい。


(何だろ、この感じ……)

瀬輝(ぜる)、お花を店員さんに渡して」

「えっ!? あ、うん……!」


 父に促され、持っていたカーネーションを店員へ手渡す。


「ありがとう」


 女性店員の優しい声と笑顔に、瀬輝(ぜる)の顔が赤くなった。


「こちらラッピングしますか?」

「はい、お願いします」


 父と店員のやり取りがある一方、瀬輝(ぜる)は彼女から目が離せなくなっていた。二人の会話は、何となくしか耳に入ってこない。


「──瀬輝(ぜる)、ラッピングの包装紙の色はどうする?」

「えっ」


 父に顔を覗き込まれ、ハッとする。


「えっと……あ、赤……!」


 あたふたしながら、最初に視界に入った色を言葉にする。そうして再び彼女と目が合うと、今度は恥ずかしさが込み上げてきた。咄嗟に体ごと後ろを向く。バラやマーガレットなど、色鮮やかな花たちが綺麗に並んでいるのが目に映った。


「……」


 しばらくそれをぼんやりと眺めていると、彼女がカウンターから出てきた。瀬輝(ぜる)の近くにしゃがみ、同じ目線になる。

 驚いた瀬輝(ぜる)は、一歩(あと)ずさった。

 すると、包装紙とリボンでラッピングされたカーネーションが差し出される。


「お待たせしました。喜んでもらえるといいね」


 瀬輝(ぜる)は、間近にある優しい笑顔と目を合わせられずにいた。震える手で花を受け取る。


「あっ、ありがとう、ございます……!」


 声を少し上擦らせ、急いでお辞儀をした。彼女の「ありがとうございましたー!」という明るい声を聞きながら、逃げるように歩き出す。

 その後を、父が追いかけた。


「……」


 息子の様子がいつもと違う。あの店員さんに一目惚れでもしたのだろうか。きっとそうだろうと、父は考えた。優しい微笑みを浮かべて息子に声をかける。


瀬輝(ぜる)、どこに行くの?」

「……分からない」


 問われ、瀬輝(ぜる)は立ち止まった。心臓の騒がしさは少し静かになったが、顔や体は熱い。父を見上げる。


「父ちゃん、アイス食べたい」

「うん、じゃあ食べに行こうか」


 行き先が決まり、歩き出す。

 瀬輝(ぜる)はこっそりと後ろを振り返った。人混みの隙間から、花屋が見え隠れする。しかし、彼女の姿までは見えない。もどかしさを感じながら、前を向く。


 その後もデパートに行った時には、花屋を前を通るたびに彼女を見ていた。目が合ったり、話しをすることはない。だが、姿を見られるだけで嬉しかった。


 そんな淡い初恋は、しばらく続いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ