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12話:ずっと、両想いだったんだねっ—— 1

「は……?」


 得体の知れない衝撃が奔った。咲は『?』みたく妹の背中を撫でていた手を止め、ちょっとフードをずらした隙に一目で特定された緋花が真っ青になっている。

 ……何で自分が衝撃を受けたのかわからず、俺は聞き返そうとした。


「待っ——‼︎‼︎」


 緋花⁉︎


「だから……小学生の時……アニメのお店でうちと十八禁コーナーから追い出された時の帰りに、一人でいるところを見つけたアイドルの。まだ確実に誰も知らないレベルだったのに、親の部屋の雑誌で見た推しだからって、お兄ちゃん」


 ——運動神経抜群の緋花が、前のめりに普通にこけそうになった。反射的に手を伸ばして、俺は軽い身体を支えた。息が詰まったような声を漏らした緋花が振り向いて、距離が間近になる。


「お兄ちゃんが話しかけて」


 え?


「で、これはフラグが立ったぎそなって思ったら何事もなく帰ってきて……うちはあの事件以来しばらく、お兄ちゃんは弱い男性……っ、と思って、え? それが何事もなくなかったのかと今っ、へ⁉︎」


 忘れるはずもなく……そのことは、覚えている。迷子のアイドルの子を——という、だが。


「え⁇⁇⁇⁇ ——」

「——っ」


 転びそうになった緋花の腕を掴んだまま、呆然として、俺は緋花を見た。


「っ……何っ。だっ、だから花火見た時っ——ずっと昔から、あなたが好きっ」


 何も考えられなくなり、時間が消え去った感触がした。

 何で。瞬間——緋花はきゅっと目を瞑ってから口を開きかけ……何も言わず、やっと観念したように俺を見た。直後、身を震わせて言葉にならない声で叫んだ。



 ——拘束スキルを俺が発動した。



「⁉︎ っっ〜〜——‼︎⁉︎ ——」


 轟音で空間中から殺到する拘束影鎖。スキルを発動しながら、俺は自分に向けて言った——それはっ、だって……


「——あんまり過ぎるッ、そんな……そんなの俺は嫌だぞ⁉︎ そのことを俺が忘れてたら、あまりにも究極にダメだろ⁉︎」


 急激に目が覚めた思いだった。記憶があった。俺は覚えていた。けれど記憶の中の女の子が緋花だとは、今の今まで思わなかった。何故だ⁉︎

 その体験は覚えていたのに、その時出会った女の子のことだけ忘れていた——


「〜〜——別にいいわよそんなこと⁉︎ どうせっ、どうせ推し変したんでしょ……わかってますから! 〜〜っ、それでもね! それでもあの日あの時からずっと、あたしはあなたのことが好きなの‼︎」


 何が起こったかわからなかった。今思い出したこのことを、嘘でもいいから、ずっと覚えていたことにできないのか⁉︎


「あっ……あ……あああッ⁉︎」


 謎の感情が抑えられなかった。消え去っていた時間が圧縮され、加速されて過ぎる。

 ……本当に心の底から緋花のことを忘れていたのならよかった。けれど俺は、どうすればいいんだ⁉︎ 



「咲‼︎ ——頼むッ、おまえの力を貸してくれ!」



 今、どうすればいい? その答えは既にあった。一瞬で全員が俺を見た。

 俺自身でさえそうしたかった。自分の冷静さに俺は驚いていた。今、何がしたくて何ができるのか……信じられないが、ずっと前に俺は閃いていた。

 ——スキルで拘束した時点で、唯一取り返しのつけられる方法に俺は気がついていた。



「1T指定能力はまだ生きてる——生きてるうちに貸してくれ! 持ってるんだろ、記憶を消せる能力を⁉︎」


 ……何人もの攻略者が咲に倒されたのに、誰一人として咲のことを覚えていないということは、第六十九層で咲が得た能力は——〈自分の痕跡=被害者の記憶を消す能力〉。

 生粋のプレデター。1T指定の能力は次層までしか使えないが、他人を倒してレベルを上げれば強くなれる。あの場所には、噂を聞きつけた高レベルのプレイヤーが一人ずつ、次々に現れるのだから。


「……いいけどっ」

「! ——⁉︎ ……〜〜っっ、……‼︎⁉︎ っ⁉︎」


 やっぱり。咲は躊躇いがちに……白光する細剣をインベントリから出して、俺に一時譲渡した。大丈夫だ、と自分に必死で言い聞かせる。前々から咲の能力には確信があったし、咲には断る理由はない——



「でもそれ。一人に一度しか使えないからね……?」



 ——受け取った剣を、俺は緋花に向けた。


「⁉︎」

「ごめんッ! ……やり直しをさせてくれ‼︎」

「——……⁉︎」


 すると俺は真横に吹っ飛ばされた。咲——⁉︎ と思って見るとぽかんとしている。それに、この衝撃力。


「——うう、うちは何事を言い散らかしてしまったぎそ……‼︎⁉︎ おおお兄ちゃん! 早まったことはやめるぎそ……御調緋花は怒らすとめちゃくちゃ怖いし、強いってもっぱらのウワサでっ」

「知ってるが⁉︎」

「それに……っ、アイドルになったのは子供のころに一度だけ会った男の子に、もう一度、自分を見つけてもらうためって——いつも言っててっ。ウィキに書いてるレベルで有名な話ぎそ」


 ——


「そんなのっ、そんなこと……今まで嘘だと思ってたけど、お兄ちゃん——?」


 ——本当に、これでいいのか……? 俺は、意識が遠のく感じがした。

 まさか妹に真っ当なことを諭されるとは思わなかった。


「……それでも俺はッ。俺が自分の気持ちに妥協できるなら、能力をどうにかしようなんて思ったりしない!」


 こんな結末は認めない。

 誰がどう考えようと——どう思われようと俺は、俺にとっての思い出と緋花にとっての何かのオチが、『忘れてました』はあんまりだと思った。


「——⁉︎ 駄目‼︎‼︎」


 緋花が目を見開くのを俺は見ていた。だが、真っ先に反応したのは咲だった。俺は剣を振り上げて、


「けど、そうだな。ごめん! そっちがやり直してくれ。考えてみれば緋花は俺がそうだってわかってるんだから——俺が忘れればいいんじゃないか……‼︎」


 つまりこのことは、思い出してしまったから問題なのであって、忘れたままならそういう物語なのだと思った。だが、何故駄目なんだ? 咲が刹那に叫んだことが間際気にかかり、そして——



「——えっ?」



 ——〈同一対象に対する二度目の使用が行われました〉



 二度目……? 咲に譲渡された剣、記憶操作能力のトリガーを俺は、自分に突き刺して起動した。大きくはないが相応のダメージを受け、しかし——膨大な情報がいきなり、逆に、頭の中に流れ込んできた。



 ——〈当該スキルで対象の受けた影響を、全て削除します〉



 ——

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