10話:言っとくが俺はッ、同キャラ対決はクソゲー派だからな! 1
◇
翌朝。朝まで作業をすると、朝食の後に再び第七十九層へ探索に向かった。結果は何も得られず。
自信があったわけではないし期待もしていなかったが、それなら——先の階層に進めないのは、何らかの必然ではないか?
「⁉︎ ——」
そう考えるべきだ。だが必然の法則を見つけるのは、偶然の幸運を得るより何倍も難しい。
「——ねえ!」
「……ッ」
「どうしてあたしを避けるのよ!」
「違うッ、避けてるんじゃない能力が……‼︎ 俺は⁉︎」
ホテルの廊下で緋花とばったりと会い、反射的に逃げようとして俺は言われた。緋花の能力は1T——第七十九層を攻略するまでの制限つき。
「……————?」
いない。
「……あ、あたしはパークの方へ行くからっ」
一瞬、目前の景色が揺らいだ。能力の影響で、直前の記憶が錯綜する。緋花が決して俺と目を合わせない感じで言うと、廊下を遠ざかっていった——
「……何故ッ」
現在、俺は緋花の得た俺の能力の影響下にあり、緋花には元から能力が効いている。
でも今日は。待て、と緋花がいなくなっていたので俺は自分で自分に言った。
部屋に戻って待っていると、最初に莉玖が水着姿で入ってきた。
「た、たのもー! ——」
朝食の後。昨日の——〈揺らぎ〉についてホテルに説明した俺は偉く感謝された。幽霊がいてもいなくても(※いたらしいが。いたらしいが、雛蜂は『今は、もういないよ』と言っていた)、揺らぎの発生は記録されるので、原因を以て事態は解決。
それで今日の予定はというと、
「プールですよプール。今日はプールるん♪ 絶対にプールんん——って約束しましたよね。朝から雨降ってますし……。昼には病むっ……病むのあたしだっ、雨は止むみたいですけどっ」
「ああ。そうだったよなッ。その話をした時に、みんないたよな」
他の皆も水着に着替えてきた。
「スイくん、みんなでするプールの遊びってどんなの——? サーフィンするの? 砂でお城つくるの……?」
今日はセクシーな真紅のストラップの水着をきた雛蜂が俺の隣りにきて首を傾げた。
「血の海にするの?」
「映えるからやめろよ」
両手で刀を持っていた。拡散されるからやめろ。しかもプールは砂じゃないし波がないので実質死の一択。
「惨殺事件が過去にあったりもしないッ」
「!」
墨華はまだ冷静な状態ではなかった。今朝、怒りのピークを過ぎてから怯えだし、このホテルや周囲で過去に起きた心霊情報や事件をスマホで検索しては数秒に一度、弾かれたように画面から顔を上げる——ということを繰り返していた。全面的に俺のせいであるだけに、見るに見かねて誰もいなくなったりしないと言ったら『増えてるかもしれないじゃないか!』と真剣な、相手を論破した顔で言われた。
やっぱりいなくなったじゃないか、と今度は言われそうなので俺は、緋花がいないことに気がつかないでいてくれるよう、墨華がこっちを見そうになると短い通知やスタンプを送った。
「お昼には晴れるみたい。いっぱい遊んでお昼食べたら、みんなで雨上がりの虹、見よ?」
「凄えな……画面外からこんな殴られてると思わないよな? その時その瞬間、パークの中に一人でいてあいつ、どうする気だ——?」
「どうしたの?」
——
「こんなはずじゃないんだよッ。俺の能力は——初めは、受ける側になるとこうなのかって思ってたけど違う。緋花のことを好きになるはずなのに、俺はそうじゃなくて、無意識に避けてるような」
「だったら澪がその分も大好きでいてあげるっ。水着脱ぐ時手伝ってよね」
俺の能力は無意識の催眠。だが自分で受けてみると、どうも思っていたのとは違う。
手がかりになったのは莉玖の挙動だった。たまに本人の話す過去エピソードではとんでもない陰キャなのだが、今の感じなら、どう転んでもそうはならない気がする(※少なくとも友人くらいできるし、ダンジョン攻略者になるほどウシレースに入れ込むこともないはず)。
……ということは、俺の能力は他人の考えを書き換えているわけではなく、心理的な抵抗感を取り除くことで効果を発揮し——そして俺は何らかの理由で、そうされることに抵抗している。『無防備になることを拒んでいる俺の中の何か』が、緋花を好きになる気持ちを抑えていて……だと思った。
「それに何かッ、大事なことを忘れているような……」
◇
「——行くって言ったのに、何で追いかけて来ないのよっ。待ってるって意味伝わってるでしょ……〜〜⁉︎ 通知?」
スキル——〈完全なる気配遮断〉。
「……『今日はプールって約束だったよな? 雨降ってるし、おまえソロパークチャレンジするのか⁇』、って何っ。そんなこと言ったらあたしが激怒するってわかるでしょッ! ……わかってないのかっ。伝わってもないし、〜〜っ。! はあ⁉︎ 『再生数つきそう。動画撮ってきてくれ』じゃないわよ‼︎⁉︎」
ママ、あそこなんかいるー。
見ちゃダメよ。
「——ふぇ‼︎⁉︎」
完全を貫通する存在感。身を翻す所作もしなやかでダンスのよう。返り血を浴びた吸血鬼がモチーフの真紅髪、白いリボン。通知と会話して尚もかわいさを発散する様子は実年齢よりも幼く、美少女が背伸びしてるように見えるが、姿の見えない——姿を見せてはいけない御調緋花はあわててしゃがみ、視線をやり過ごそうとした。
見えないのにわざわざ身を低くして。
「——ッッ……くぅ〜〜っ、そもそもなんで思い出してくれないわけ⁉︎ あの時のこと。全然特別じゃないっていうのっ」
息を殺していると。新しい通知で、サイレントモードのスマホが光った。
「——」
——『ロゴつくった。——〈現役暗殺者のソロパークチャレンジ☆〉』
「『再生つくかわからないから初回はこれで行くわ、タイトルコールの音声撮っといてくれ』……——〜〜⁉︎ っ、本気で言ってるわけじゃないわ。わかるわかるっ。ただの冗談! 思いつきの、一時のッ、気の迷いだわ。このあたしに無料でそんなことさせるわけッ——」
——
「——ッッッッ‼︎‼︎⁉︎⁉︎ 〜〜っ」