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——2

 というか——催眠能力を持っているのに、どうして俺は謝罪会見なんてやらされているんだ?


「——?」


 ローソファーに囲まれたテーブルに、紅茶のカップが置かれていた。

 蓋するようにして、ヌガーを挟んだワッフルが置かれているのを取ると、白い湯気を纏って鮮やかに立つ香り、紅の色味。湯気を含んだワッフルから滲むようにして、溶けたキャラメルが一滴落ちると渋みは甘いコクに変わっていく。


 気付かないうちに、墨華が持ってきてくれたようだが(※雛蜂は料理が全くできない。緋花は以前コラボカフェを開催した際の担当メニューが——〈コラボカフェなので1100円するシュガーバタートースト〉に決まった過去がある)、テーブルの反対側にもカップがある。その反対側で、むっくりと誰かが起き上がった。


「——うぉ⁉︎」

「あっ。おじゃまでーす、っっ……ぇへへ……っ」


 ダーク系なピンク髪に動物や星の髪飾りをつけ、今日はフリルのついた黒のキャミソール姿(ワンピースかもしれないがテーブルが俺との間にあって胸から下が見えなかった)で、華奢なせいかフリルと巨乳にかくれて二の腕がほとんど見えない莉玖は気持ち良さそうに言った。

 自分が言うことに俺が同意してくれるのを確信しているような、リラックスした言い方だった。


「地べたって、良いですよね……っ。——」

「——だよなあ⁉︎」



 実際、その通りだと俺は強く思った。



「あたしっ、おうちでも寝るときはお布団ですっ。ドヤ☆」



 人間には、二種類いると俺は思う。



「PC、ゲーム機全種類、ゲーミングモニター、ダンジョン攻略用の武器も全部床ですっ。あっ、モニターは直置きの横向きですよっ」


 即ち——椅子に座れる人間と、座れない人間。どちらが偉いとかではないが俺たちは確実に少数派であり、しかし『地』こそが最高のコンフォータブルだと俺は思っているし、俺たち同士はわかりあえる。


「——地面、最高だよな‼︎」


 だがッ、待て……俺は、はっとした。今の莉玖の様子を見る限り、莉玖には俺の能力が効いているようだ。レベル二〇〇超えの莉玖にも効いているなら——


「あれっ。どうしました? あっ……あたしといるのいやですかっ。ですよねっ! はーい☆ わかってましたよーだ……ぅぅ。どうせ胸だけっ。名札にカップサイズだけ書けっ。バストアップだけですむ体だけの関係っ」

「トイレだ。すぐ戻ってくるからな⁉︎ 絶対ここにいろよ、——」


 ——澪にも能力は効いているはずなのだが。今、順調のように見えても俺たちのダンジョン攻略はいわば勝ち筋のないゲーム。完全攻略に必要なだけのレベルが足りていないのだ。

 ……こんなどうしようもないことで、澪に抜けられるわけにはいかない。


「いやッ、考え過ぎか。この能力が効かなくなるなんてありえない。思うようにいかないと、これだッ。落ちつけ——全部が悪い方に転んだら、小学生にランドセルを借りたのが敗因になるのが嫌すぎるせいだがッ。ありもしないことを想像して慌てるなんて……」



 だけど、何故莉玖に効いてるんだ? ……能力の挙動が不審過ぎる。効いてないはずなのに効いていて、効いているはずなのに効きが弱い? とにかく今はっ、と考えて気をまぎらわしていたらやっとトイレを見つけたので、俺は個室のドアを開けた——



「——」

「——」



 少量の滴が、飛沫といっしょに水面へ落ちていく音が弱くなっていった。次第に……。

 個室の中にはやや足を開き気味にして、お風呂上がり感満載な白いバスローブのすそを、飛沫で汚さないようにもちあげて用を足している真っ最中の加遼澪さんが呆然として、俺を見た。

『急に止まらないんだけどっ——⁉︎』、『でしょうね……?』、憎々しい目になる。


「——ごめん!」


 やがて音が、ほとんど絞られるようになくなると俺は硬直していた脳をフル回転させ、全力で勢いよく謝って出た。全部見えてしまった——

 他のトイレは⁉︎ と、声の聞こえない距離まで離れてからほとんど絶叫しかかった。用を足すところではなく、使いたくてトイレを見ていたと言ったら信じてもらえるだろうか? 絶対に無理だと思った。それでテラスに戻ると今度は、見たことのない女の子が二人いた。何者だッ。


「見ーっつけた。お兄さん、テニスやりませんかーぁ?」


 向こうが俺に気がつくと、見たことのない女の子の一人が言った。

 黒髪ロングをポニテにして、丈の短いテニスウェアから真っ白な肌とお臍が少し見えているその子は——もう一人も同じ感じで、別荘地だからか、自信に満ちた陽の気配を漂わせていた。


「……ッ?」

「わたしたち、とっても上手なんですよぅ——?」


 何だッ、このランダムエンカウントは⁉︎ 陽と陰……見ると莉玖がちょこんとソファに座って(!)陰の気を放っていた。キャミソールだと思っていたのがセクシャルなネグリジェだったのもわかった。

 別にわかりたくなかったがッ! 気配を感じてテラスから下を見ると、恐怖した表情の中学生くらいの少年が何人か集まって、道路から別荘を見上げている——。——? 待て、いくら何でもッ。


「莉玖⁉︎‼︎」


 閃く電光のようにして、事の真相が押し寄せてきた。まさかっ、


「——〈彗星の騎士団〉のお兄さんなら、わたくしたちを満足させてくれますわよねぇ?」

「おい、やめろ⁉︎ 遊び半分でッ、俺の能力をブーストするのはよせ‼︎ 自分にも跳ね返ってきてるじゃ、ッ⁉︎」


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