やめろ! それだけはダメだ‼︎ ——(※手遅れ
視界が閃光でフラッシュし、思わず手をついた地面に積もる霧が遠くまで切り裂かれていくと、無数の光が一〇メートルほど離れたところにいる咲へ殺到。自分の体重全てを俺は地面から跳ね返され、体勢を崩して尻餅をついた。距離が⁉︎
「何でおまえが——‼︎⁉︎」
——⁉︎ 地面を俺はスライドダウンしながら、一連のことをかなり離れた間合いから見ていた。自分が食らったのが『人形との位置入れ替えスキル』だと理解した瞬間。とってもかわいく笑っているけど目が煌々として、小型の機械端末を俺に見えるように持った加遼澪がいて、目が合う。
その持っている端末はっ、
「お楽しみだったようねお兄ちゃん? 澪も仲間に入れてくれる?」
「盗聴器の受信端まっ——⁉︎」
尻餅をついている俺の腕の中に澪が飛び込んできた。その間際、井戸を覗き込んだ人影の足元で発動していた遠隔設置スキル——〈ミミクリープレデテーション〉が発動キャンセルされたのを見た。設置は本体が殴られれば消える……が⁉︎
「——にげられるなんて」
光と光が衝突し、爆ぜるような音を発すと千散した。霧がスプーンで掬いとられたかのように、一瞬空いていたその跡地からは咲の姿が消えている——後ろからスーッと天童墨華が姿を現した。
「どういうことだ⁉︎ ——恨むべきなのか助かったのかッ、あいつどうなってるんだ⁉︎」
「やあ、彗星くん覚えてるかな? この噂——〈願いを叶えてくれる井戸〉には、二通りの結末があっただろう? レベル一〇〇超えのプレイヤーがここで何人かやられているけれど、彼らはここで何があったか、何一つとして覚えてない。最近、似たようなことがなかったかな」
「!」
——現代のダンジョン攻略は、層攻略の速度を競う億超えの賞金争奪レース。しかしダンジョン毎に、攻略者のレベルの総量は決まっている。
なのでレベルを上げるには他の攻略者を倒すのが最も効率がいい。
……。墨華は最初から俺を囮にしていたのか。俺の素顔はバレてないので、この層で攻略者を狩っていた人間は一人だと思って狙ってくる。他人をやったら目をつけられるが、やってる奴をやるなら別だ。
——
——フンッ、と不機嫌な息遣いが聞こえたので見ると、姿を消していたらしい御調緋花が、ド派手に空間を歪曲しながら現れた。反射的に何か、座っていられなくなって俺は立ち上がった。
「でー? それじゃ、お願いを叶えてくださる何とかは、嘘だったってことよね」
……いやッ。緋花⁉︎
「動画にしといてもいいんじゃない? ——〈彗星の騎士団〉が検証済みって」
「緋花⁉︎ おまえ、そんな元気に喋れたのか⁉︎」
——⁉︎ イベントの発生を知らせる音がその時、全員のスマホから鳴って辺りに響き渡った。見ると緋花が、井戸を覗き込んだ瞬間だった。
澪が俺の腕によりかかってきて胸を押しつけながら、間に挟むようにした。
「やっ……澪、怖い」
「それでビビる豹耳いねえわ。おまえすげえわ。で、今のは何のっ——」
——〈おめでとうございます! パーティーのプレイヤーに、特別な祝福が付与されます。[対象:御調緋花][1T]〉
は?
「へ、……あたし⁉︎」
……ということは? ——現代のダンジョン攻略は、システムがリソースを割り振ることで回している。何らかの理由でシステム側の保有リソースに浮きが生じ、この場所で祝福が得られるという形で再分配されていたのか?
それが噂の真相……。
※1Tというのは攻略が一階層進むまでの1ターンという意味。
システムは攻略を優先し、公平であろうとはしない——浮いていたリソース量によって何の能力も得られないことがあったなら、情報が錯綜したこともわかる。
「仕様を知っていれば、確実な条件なんてないとわかるのにな——何だ。よかったじゃないか! 噂の謎も解けたし、今度の層の攻略は楽をさせてもらえそうだな。次回の打ち上げは、ナイトクラブでキメようぜ‼︎ 緋花、聖剣がおすすめだったはずだ。さぞ強力に違いない」
「ふぇ⁉︎ えっ……なに‼︎ なっ、——」
緋花は混乱した(※陰キャに戻った)様子で何か言いかけたが、結局——俺たちは得をしたわけだ。
今、緋花のスマホは選択可能な様々なチートスキルの一覧と『※一覧にない祝福も選択可能です』、の注釈が表示された画面のはずだ。
一階層攻略するまでの間だけとはいえ、祝福には絶大な力がある。何を選んでも損はしない。しない……自分はどうだったかと言われると頭を抱えたくなるが、もしもあの時に戻れるなら俺は、っ——
「じゃ……この人と同じ能力を、あたしにもっ」
は?
「彗星‼︎」
「彗星くん⁉︎」
俺は井戸に落ちた。
「深いッ——⁉︎」
「ちょ——ちょっと!」
——
——井戸から上がると、怒っているような心配しているような顔をした緋花は、縁の部分に銀装飾を施された黒頭巾付きのマント姿で顔が半分隠れていたが。元々……近くにいれば空気でわかる、傍にいるだけで空気が震えるレベルの美少女ではあるのだが——
「えっ——⁉︎」
「——緋花、おまえ終わったぞ……⁉︎」
効いてなくない——⁉︎
緋花は、恐怖する俺を見て叫んだ。これから待ち受けることを、知らず……と思っていると急に俺は服の裾を引っ張られた。
「嫁って言ったっ」
え?
……澪⁇