1話:真面目な子だったんですけど……えぇ、最近は家にも帰ってなくて……。 1
◇
——俺は、夢を見ていた。夢の中で、俺は高原のプールカフェにいて、ミストディフューザーを四角く囲った白いベンチに座っていた。
「スイくん。雛のこと……っ、好き?」
今、季節は真夏。涼やかで良い香りのする心地良い夢に暗澹たる空気が充満し出したのは……隣のベンチに水着姿の風梓雛蜂が身を乗り出してきた時だった。
普段の和服を着ていない雛蜂は、余計に華奢で小さく見える。けれど、ストラップの多用された大胆な水着姿のおかげで——普段は目立たないふくらみかけな胸が、動くたび小刻みに揺れていた。
「雛ね……っ。お弁当つくってきたの。はい。あーんして?」
——カフェだぞ? おいおい、と自分の夢を見る能力に俺は物を言いたくなった。その時だった。冷たい戦慄が俺の脳裏を鋭く刺した。
痛覚を正確に貫く針、否。
口にしたのは——抜き身の日本刀の感触だった。
「はい。舌切っちゃうね! 好きって言ってくれないから。雛の言ってほしいこと言わないから、いらないからこんな舌切っちゃうね? 切るね? 切るよ、震えちゃう。切るよごめんね、ごめんねごめんねごめんごめんごめん、切ったよ。聞こえるっ大好きだよって。あれれ……——」
——夢からさめたら、逃げられるとでも思ってるの?
「うおああああああああああああ‼︎⁉︎ はっ——」
自分のギルド——〈彗星の騎士団〉の本部で俺は目が覚めた。
濃厚な死臭が陰気な建物中に漂っているみたいだった。
「よく眠れたわね、彗星。お寝坊さんは、今日の朝ご飯はお預け。朝から面接の人が来てるわ。見るからに使えなさそうだけど、どっさりいるから盾にはなりそう」
「どうしてこうなったんだ……!」
目覚めた俺は、ベッドの上で鬱っぽく体育座りした。その瞬間だった。頭に直接強烈な重量が乗ってきて、伝わる体温から俺は全力で身を躱した。
床に手をついて滑り、壁で背中を打つ。
「こうなりたかったからでしょ。彗星お兄ちゃん! 澪、お兄ちゃんのことだーい好きだよ! お兄ちゃんは……澪のこと、好き……? それとも——」
豹耳をツンとさせ、白ワンピースのフリルに隠れたボタンを取って前をはだけて(下着は着けていたが。下着も薄いワンピースで、豹尻尾で捲り上がっていた)広げ、多分学年で一番大きいんじゃないかという胸を直乗せしてきた加遼澪が頬を赤くして、もじもじしていた。
下着越しでもはっきりわかる形をした乳房は一度も日焼けしたことのなさそうな白い肌をしている。
「——お兄ちゃんが好きなのは澪の、ここだけ……?」
「おやめになってね‼︎⁉︎ 効いてないだろ、そちらさんには! 本当、この辛過ぎる戦いにおける唯一の友達なんだぞ⁉︎ おまえまで向こう側へ行ったら……これ以上は、正気が保てなくなる……」
——まず、制約があることだった。ダンジョン攻略者になって俺が気がついたことは。
「限界が近い。モテモテになる——もとい、異性にのみ催眠をかけて好感度をMAXにする……っていう俺の能力は……なんて言うか、効果から想像できない位、全く攻略に向いてないんだよッ!」
「舌切られちゃう?」
「うん、切られちゃう切られちゃう。ヤバいヤバい——本気だからな‼︎⁉︎ 俺はあいつの解像度高いぞ⁉︎」
澪とは、俺がこのギルド——〈彗星の騎士団〉をつくる前からの付き合いになる。俺の素顔も知っている。
人形使いというレアな強職業も特徴だが、年齢差のせいか(※と、澪は言ってた)、能力が効いていないというのがありがたい部分だった。
「——だって、最初はナイトだったんだからな⁉︎」
「早く面接いってくれる?」
「それで騎士団! でも、俺が盾役をやろうとすると逆に庇われるッ。職業選択の自由がさ、暗殺者しかないんだよ‼︎ ボスバトルでは気配遮断して、味方にも気がつかれない遊撃に回る戦術しか成り立たない……! しかも、このギルドの長が俺であるせいで‼︎」
——問題があった。