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「あなたは能力を使ってくれればいいんですっ。気配遮断スキルを。それをあたしがブーストします。あたしは——〈エンハンサー〉ですから!」
「——⁉︎」
——〈エンハンサー〉? 俺は驚いた。ダンジョン攻略者のレベルはリソースの利用権限、職業はリソースの利用手段。攻略者の能力は、システムから割り当てられた役割とも言える。
けれど——〈エンハンサー〉は、リソースそのものを増減させる能力であり、そのベクトルがダンジョン内の障害ではなくシステム側に向かっているため極少数しか存在を許されない。
とびきりの、強レアだ……。
「あたしは、スキルを強化できますっ。『あなた一人の気配を消す』、なら『あなたの周辺の気配だけでなく姿も消す』ようにできますっっ……手をつないでくださいっ。そうしたら——」
「何を勘違いしているんだ?」
「え、?」
だから犬か……ただのダンジョン犬でも、レベル二〇〇のエンハンサーなら相当に強化できる。だが懐くかは別の話だし、どれだけ多くのリソースを得ても使う頭はシステムの管轄外だ。
へ? ときょとんとした顔になり、胸を抱く手を地面についた莉玖に俺は言った。前屈みになったのを見ないようにしながら。
「俺はこれから——このドアを開けて、外のヤツに言うつもりだ。『フゥー! 気持ちよかったぁ〜! 飽きたから代わってやるよ、次は誰の番だ⁉︎』、とな」
「ひィ‼︎⁉︎ な、なななっ、何故そんなっ、実在した⁉︎ 真正のっ、NTR属性っ……こんなに極まった本物なんて今まで見たことがっ。どうやってそんなに歪んだんですか? わざわざあたしを見知らぬ誰かに汚させてからっ、なんてっ——」
「——ッ(こいつッ……戻れないところにいるな、既に。だが、却ってそれならいいだろう!)」
「……嘘っ、嘘ですよね⁉︎」
「嘘か真かはおまえ次第だ」
もぞもぞと後退る莉玖に俺は言った——手段は選んでいられない。
今。無事に雛蜂が戻ってきても、最終層を攻略するにはメンバーを増やすことが必須で他に道はなく、募集をしても高いレベルの奴をギルドに入って来させることは中々できない。
「俺がおまえを助けてやるかは、俺の条件をおまえが飲むか次第——」
「——ぅぅうう⁉︎ っていうか、おかしいです! 何であなたと一緒にいると、心の中で思ったこと全部言っちゃうんですか⁉︎」
「頼むッ。俺のギルドに入ってくれ!」
俺はようやく理解した。今日ずっと感じていた嫌な予感の正体は、このイベントなのだと。——
「採用ってこと⁉︎ ギルドって何かの隠語ですかっ⁉︎ は、入ります! ぅぅっ、絶対に騙されてるて。トップギルドに面接なしで入れるわけがっ。でも、どうせっっっ〜〜ならっ……。入ります☆」
「確認するぞッ。——〈気配遮断〉の能力を、俺が使う! するとおまえの能力で、気配どころか姿も消える。女子更衣室の入口まで行って……」
「中の個室まで来てください」
「何でッ⁉︎」
「入口で能力を切ったら、最初から下着で入ってきた変な人みたいじゃないですかっ。普通の服に着替えてから、あなたとあたしで外に出ます!」
——正気じゃない。だがッ、やってやる。やるしかない。
「後、スマホを貸してください。一緒に友達が来てて、服はその子に持ってきてもらいますから……っ」
連絡が終わるといきなり莉玖が俺の横に立ち、ぐっと両手で俺の腕をつかんだ。
「行きましょう……っ」
「⁉︎」
「……っ、あ。あたしの能力はすごく不安定なんですっ。こうして密着しているかっ、それか。何かでつながっていられれば、突然解けたりしないんですけど——あ」
範囲が短いのか。下を見た莉玖の視線を追うと、そこに落ちていた犬のリードを莉玖が拾い上げ、無言でしばらく見つめてから首を傾げた。柔らかく透けた下着越しの胸が大きく弾むように揺れた——。
「選んでくださいっ……どっちが、これつけますかっ? あっ……あたしはっ、噛んだりしませんっ。あの駄犬とはちがいまふ」
——完全に効いている。何故こんなことにッ。いやッ、今度のことは俺の能力に関係なく起きているわけで……あの最初の選択でおすすめされた通り、聖剣か何か選んでいても莉玖は今日犬に裏切られていたはずだが、能力さえなければ関わらないことはできた。
……噛むなよ。
「動けよ⁉︎」
莉玖は両手で顔を覆って背中を向け、しゃがみ込んでいた。
デスゲームが始まるッ。