※核地雷を踏み抜いていたようです——
◇
「あっ! おーい。こっちこっち。えへへっ、実は待ってたんだ。前はこの辺りで会ったなって」
記録的な猛暑の日だった。日の照りつける通りへ出ると、物陰から呼び止められて俺は立ち止まる。見ると日除けになったところから、きらっとした水色のツインテに(※ライトブルーに半分くらい金髪が混じったような色だった)短めの縁を直角に折った夏らしいストローハットを冠った美少女が両手を後ろにして歩いてきて、俺の顔を覗き込むようにした。一目で思い出した。
「⁉︎ コスプレイヤーの、何でッ」
「何でって——」
不意を突かれて俺が固まっていると、四季咲はジトっと上目遣いして、心臓を鷲掴みされるような、背筋のゾクっとする微笑みを浮かべた。
「——いけるかな? って思ったから、待ってて声かけたんだよっ」
何がだ⁉︎ やはりこいつは強いッ。身長は同じくらいなのに、硬直した俺の不自然な位間近まで来た咲はかなり小さく感じた。服などが子供っぽいからかもしれない。なのに、見下ろされた気になる微笑だった。手も足も出ない気にさせられる……!
けれど、近くだとずいぶん汗をかいていて暑そうに、日除けから歩いて出た時に咲が躓いたのも見た俺はドキッとした。咄嗟にどこか入れそうな建物を探した——。
「どうしたの。何だか元気ないね……?」
「俺じゃなくてそっちがっ」と言いかけたが咲は俺の目を鏡にするように小首を傾げた自分の微笑を映して、告げた。
「私に殺されちゃうかもって思った? ——」
「——え?」
なっ。——今⁉︎ 今、何て言った。だが、とびきりの囁き声で耳元に言葉を置いていくと、そのまま。
「うあ⁉︎ ごめんッ、でも」
「ぅぁー……ごめんは私の方だよ……。うう、またやっちゃったっ」
倒れるようにもたれかかって来た咲を抱きとめると、首筋の辺りに唇の当たったような感触がした。多分ほとんど全体重を俺が支えていて、そして俺のシャツ(七部丈で、一九〇〇万収入があったばかりなのでシンプルだがかなりのブランド品)越しに……ぐっしょりした感触が浸透してくる。どこを触れても咲はすごい汗をかいていた。
「熱中症……いつもなっちゃってっ。大丈夫だと思ったのに——おねがい、ちょっと日陰までっ」
「こっちはそれどころじゃないぞ! おいッ、さっきのはどういう……ッ」
……! どういう意味でも。近くに入れそうな建物は……本部しかない。劇場のような入口に肩を貸して連れていくと、咲は壁際に座り込んだ。口を開け、地面を見ながら舌を出してぐったりする。前髪に隠れて表情が読めなかったが汗が止まる様子がない。まだ下には墨華がいる。
ステータスを見れば正体は——今なら、しかも倒せる。レベル五〇〇↑でも、この状態なら俺一人でも。
「ここ、どこ? 誰もいない……?」
「うわぁ⁉︎ あ、ああ……わからないがッ。今は——」
「——じゃぁ、ごめっ。あのねっ……っ、はぁっ。自分じゃできないやっ。お願いしていい……断らないでね?」
「何をっ⁉︎」
「脱がせて……?」
振り返ると、咲は俯いて帽子を抱くようにして、伏し目がちに言った……服のボタンがまばらに外れ、肩紐が片方だけ落ちている。
「汗でぐちゃぐちゃなんだもん……っ、裸にして」
「わざとやってるだろ‼︎⁉︎」
息が詰まった。だが違う、それはッ。それにここでこいつを殺すことも、俺のしたいことじゃない! そんなことがしたいんじゃないっ。
背後で機械の作動音がした。地上の入口と地下を結ぶディ○ニーホテルにある感じの昇降機が動き、誰か上がってくる——振り返ると、
「——しまっ、⁉︎ あ」
「ふぇっ⁉︎ あ、あなたっ——海で」
ようやく俺は気付いた。何て愚かだったんだ……! こっちを全滅させようとしている(だが、何のためだ……⁉︎)かもしれない奴に、こっちが全員揃っている場所を教えるなんて。
起きたことは不幸中の幸いだった。深紅の髪に白いリボンをつけた緋花が、フードなしの超美少女な素顔全開で、同じく素顔の俺と衣服の乱れた咲を交互に見て目を丸くしていた。俺は無言で咲の傍に寄った。何か言うと声でっ。
「——!」
バレるとか言っている場合ではない。通りすがりで体調不良なんです、と緋花に伝えるとその瞬間、頭に凍った鉄を打ち込まれたような衝撃が疾った。
もう一つ、もっと別の、最も肝心なことに俺は気がついたのだった。レベルが五〇〇を超えているなら——
「——‼︎⁉︎(それじゃ俺のッ、能力は効いてないのか‼︎⁉︎)」
今まで、効き過ぎているんだと思ってた。しかし俺の能力は自分より一〇〇以上高レベルの相手には弱まる。それで、弾かれたように視線をやると、咲は『何?』という顔をした。少し元気のない微笑のまま——だったが、急に心の底から嬉しそうになった。
「私のこと、好きなのがバレちゃったね☆」
——?
「どういう意、っ——おまえにバレたってことか‼︎⁉︎」
今なら倒せるのに、そうしなかったから。