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俺は顔を上げた。少女は踊るように肩を揺らして二歩下がる間に、わざと仲間にぶつかって道を開けさせた。
「一か二と言ってもねっ。君が二になるのは、たまたま迷い込んで来た無謀な配信者がゲームオーバーになるまでの、ほんの僅かな間さっ」
なるほど?
「注目度のレベルなら、俺の方がずっと上みたいだけどな——? 今、教えて貰わなければ、あいつのことなんて俺は知らなかったが?」
——これ位強い言い方をした方がいい。けれど、これを見て次の面接日に来るのが一体どんな奴かと思うと急速に憂鬱になった。この場所で時刻は明日の夜。俺が告げると、敵はたじろいだ様子だったが例の少女だけが、舌舐めずりして肩を揺らしたのを俺は見た。ここまではよし。
一旦戻ると、翌日夜になるまで俺たちは動画の再生数を見守ったりなど、少し前に本部の一区画を改築してつくった温水プール(!)で主にエゴサをして過ごした。昼間のやりとりの様子は生配信していた。広告収入もけっこう儲かるのだが(うちのメンバー程、動画映えする集団もない)、目的はそのためではない。
「——前にやったコラボカフェの提案がまたきたなッ。今度はどうするか、これが終わったらみんなに聞いてみないと」
なお、普段の配信は主に雛蜂が行っている。
澪は歌枠しかやらない。
墨華はホラゲー配信しかやらせない(※俺が。公衆の面前に出すには雛蜂より余程人格に問題があるので。しかし、ダンジョン配信をはるかに凌駕するほどの人気コンテンツである)。
その雛蜂は今顔を真っ赤にしつつ、一人だけ服を脱いで全裸になっていて(※和服なので濡らすと高い)、プールにいる……。
きわどい水着を着た墨華がミステリアスな暗い笑みを浮かべて上がって来ると突然俺に言った。
「彗星くん。君が何をしようとしているのか、僕には手にとるようにわかるよ。僕と君は幼なじみだからね——ずっと一緒だったせいで、君の考えることはすっかりパターンが見え見えで、結果が想像できるんだ」
……幼なじみの墨華にこのギルドに入ってもらったのは、雛蜂より後で、ちょっとわけありな知り合いでも良いから強い仲間が必要になってからだ。
「……それでッ?」
「けど、僕も皆と同じ思いだよ。ずっと君と、皆と、このギルドを続けたい。僕は、皆のことが大好きだ——」
俺は思考を中断して振り向くと、俺を見下ろす墨華を見た。底抜けに暗い色味をした瞳が水濡れした肌をきらきらと輝かせていた(※コラボカフェの時のメニューは、『真相は闇の中へ……』という牛肉のとろとろワイン煮込みだった)。
「だろうな⁉︎ 世の中——‼︎ ああ! 薄々……気づかないようにしていたが俺は、わかっていたッ。このギルド——〈彗星の騎士団〉は別に、俺の能力で全員が俺を好きでなくても普通に成立するよな‼︎⁉︎」
産地偽装でもしてるんじゃないか、それとも賞味期限切れか、真相は——本当は牛ではなく羊。
「するね」
「今日の奴らなんてッ。向こうは六〇人超えの大所帯、こっちはフルメンバーでもたった五人で同じダンジョンの最前線にいて、九六〇〇万貰ってそこにプールにつくってるんだぞ‼︎⁉︎ 誰が抜けたがるんだ……美味すぎて誰も抜けようと思わないだろッ!」
頭を抱えて、床をゴロゴロと俺は転がった。……俺の能力って、本当に何の役に立つんだ⁉︎
翌日。目が覚めると、俺は豹耳のついた頭を枕へ押さえつけるようにしてうつ伏せで寝ていた。さらさらの髪が綺麗に朝日を乱反射していた。俺は硬直した。寝たフリをやめるともぞもぞとブランケットを引っ張り上げて加遼澪は言った。
「寝相悪すぎっ、……っ」
「——」
——
「シャワー、行こっ……?」
「色々と何かやめてくれ」
さて。俺の能力は、自分より一〇〇以上高レベルの相手には効果がない。これはダンジョンで得られるスキル全体の仕様だ。
澪は目立つことが大好きなので、昨日のことで無駄に好感度が上がったようだが、レベル二四〇だったあの少女には効果がないということ。
しかし——
「——……っ。シャンプーもっとつかってっ」
——撮影用のライブドローンが頭上背後に滞空する。夜になって同じ場所へ戻ると、トップギルドの代表者同士の決闘とあって、観客の数は昨日よりさらに増えていた。
中心に集結した敵の一団の視線も昨日に増して鋭いが、誰もいない俺の背後だけが寒々しく、向こうの代表格らしい男が一人きりで来た俺を見る。
「……一人だと? おまえ。それもッ、まさかおまえが戦うというのか⁉︎ あの四人の誰でもなく!」
「そうッ。いつだって俺は一人だ」
——