07.Fortuna divitias auferre potest, non animum.
運命は財産を奪うことは出来る。
しかし、心までは奪えない
「ハイ、確かに受け取りました」
モーティスはパチンと指を鳴らした。
「さて、何をご所望ですか?」
女性はリュオを前に立たせた。
「ほら、リュオ?自分で言うんでしょ?」
「……僕……」
リュオはおどおどしていたが、ユキが後ろから「頑張れ!」というと、嬉しそうに笑った。
「僕……ティラノサウルスがみたい」
「ほう!」
モーティスは彼の前にしゃがみこんだ。リュオはビクッと震え、母親にしがみついた。
「T-Rex、だね?昔は私もあこがれた」
リュオは恐怖を感じていた。目の前にしゃがみこんでいる男は、笑顔ではあったが、氷のように冷たい眼をしていた。
「……リュオ君、一人で入れるかい?」
「え……?」
リュオは母親を見上げた。
「……二人揃っては見れないのですか?」
「……この料金はお一人様分で……」
「ちょっと!」
ユキが話に割り込んだ。
「そんなこと言わずに見せてあげればいいじゃない!どうせ……」
「おお、そうか」
モーティスはにやりと笑った。
「リュオ君、このお姉ちゃんと一緒に見るのはどうだ?」
「え?」
ユキは驚いて声を上げたが、リュオはチラッと彼女を見上げると、小さく頷いた。
「これで決まりだ。ご婦人、このお金はお返ししますよ」
モーティスは言うが速いか、彼女にお金を握らせた。
「え、でも……」
「彼女が“二人分”の権利を持っているんでね」
「?」
女性は訝しげにモーティスを見た。モーティスは笑って肩をすくめた。
「分かりました、説明します。彼女には二回程これを用いる機会があったのですが、それを両方保留しています。その分を今回使うということですよ」
「でも……」
彼女はユキを振り返った。ユキは目をぱちくりさせていたが、その瞬間にはっとモーティスの意図に気付いた。
「あ、私は、大丈夫です。リュオ君、手、繋ぐ?」
リュオはふるふる首を振った。
「……いい」
「あれ?もしかして、照れてる?」
リュオの顔が赤くなった。
「……か、可愛い……」
「……さっきもそう言った」
リュオは不機嫌に見えた。モーティスは二人を尻目に、母親に尋ねた。
「どうです?こんなに懐いてるし」
「……分かりました。お願いします」
「フウ」と、内心モーティスはため息をついた。
不幸なものは、親切すら……いや、幸福ですら、受け取りたがらないものなのだから。
モーティスが準備をしているところに、ユキがこそっと話しかけた。
「何で私を巻き込んだの?」
「実験的措置だ」
「死ぬかな?」
ユキはなんでもないかのように聞いた。
「知らんよ」
モーティスもまた、しれっと答えた。
「ただ、まぁ多少勝算はある」
「あんな可愛い子殺したくないしね」
「……」
ユキはモーティスが「そうだな」と呟いた気がした。
準備が出来ると、ユキはリュオを呼んだ。
「行こ、リュオ」
リュオは頷き、とことこ走ってくると、ユキの手を握った。ユキは一人でニヤッと笑ったが、何も言わずに、黒い箱の中へと入っていった。
真っ暗だった。
「……狭いねぇ」
「そうだね」
思った以上に、圧迫感があった。
「さてさて」
モーティスの声がした。
「やってもらうことは単純だ。リュオ君、恐竜のことを、いや、ティラノサウルスを思い浮かべることが出来るかね?」
「うん!」
リュオは目をつぶって大きく頷いた。
「いい子だ。ユキ、リュオ君を抱き上げてくれ」
「なんで?」
ユキはキョトンと天井を見上げた。
「背が低くて、脳波が掴みづらいんだ」
「だってさ、おいで」
ユキは「よいしょ」とリュオを抱き上げた。
「……でもさ、私が抱き上げても大して変わらないでしょ?」
「……まぁ、やらんよか掴みやすい」
「ふ~ん。まぁいいか。ほら、リュオ君、頑張って」
リュオは居心地悪そうに顔をしかめていたが、すぐにモーティスが言った。
「いいぞ!掴んだ!」
その時、二人は時を、そう、時空を超えた。