06.Tempus est quaedam pars aeternitatis
時間は、永遠の一部分である。
「どういうこと?」
ユキは眉間にしわを寄せて尋ねた。
「……A地点というものがあるとする」
モーティスは左足で地面をとんとんと叩いた。
「そこに立っているとき、当然、人は景色や、音や、匂いや、風を感じる」
「そりゃね」
「でも、そこじゃない場所」
モーティスは右足でちょっと遠くを叩いた。
「例えば、B地点で、A地点のことを思い出すと、どうなるか。ほら、今だったら、ユキが家のことを思い浮かべることだ。出来るだろ?」
ユキは目をつぶり、頷いた。
「……うん」
「何処に何があるのかとか、壁の色は何かとか、思い浮かべられるか?」
「大体」
「……大体?」
「じゃあ、はっきりと」
ユキは悪戯っぽく笑った。モーティスは呆れたように鼻を鳴らした。
「……とにかく、それは、Aで見たものをBでも見れるということだ」
「……だから?」
「結局は、何を見るにせよ、脳が感じているだけなんだ」
モーティスは自分の頭を指差した。
「……なるほど。だから、二つは変わらないって?」
「そうだ」
ユキは急に吹き出した。
「?」
「ごめん!でも、なんだか、連休に家で過ごす口実を聞いてるみたいで……」
そこからしばらく、ユキはくすくす笑い続けた。その間モーティスは、「気に食わない」といった表情で彼女をずっと見ていた。
モーティスが咳払いすると、ユキはピタリと笑うのをやめ、姿勢を正した。そして深呼吸すると、ぺこりと頭を下げた。
「失礼しました!」
「全く謝る気がないな」
「ごめんなさ~い!」
ユキが楽しそうにいうと、モーティスはため息をついた。
「でさ、モーティス」
彼がいつもの口上を述べた後、ユキがまた話しかけた。
「続きは?」
「うるさいな、今仕事中だ」
「どーせお客なんて来ないって」
「……全く、なんて奴だ」
モーティスは顔をしかめたが、別に怒っているわけではなさそうだった。
「……ちょっと考えてみたんだけどさ、結局、“アーティキュロ・モーティス”は想像させているだけなの?」
ユキは心配そうに尋ねた。しかし、モーティスは首を横に振った。
「いや、違う」
「じゃあ、どうやって?」
「せっかちな奴だな。徐々に話していくんだよ、徐々にな」
「もったいぶりすぎだと思うんだけどな……」
ユキはぼそぼそと呟いた。ちょうどその時、珍しくお客が来た。
「過去を見れるって聞いたんですけど、本当ですか?」
小さい子供の手を引いた、比較的若い女性だった。彼女の青白い頬と、薄い輪郭が、何かユキに寒さを感じさせた。
(不幸そうな人だな……)
ユキはそう思った。
実際、冬の最中に薄いコート一枚という格好からしても、裕福そうには見えなかった。
「そうですよ。ただ、高いですよ?」
「……お金ならあります」
彼女はコートのポケットから、ぼろぼろの千円札を何枚も取り出した。それをモーティスに渡している間中、男の子はきらきらした目で目の前の黒い箱を見上げていた。
男の子は母親らしい女性と違い、暖かそうなジャケットを着ていた。しかも、その下に何枚も着ているらしく、くりっと丸く見えた。
モーティスはやけにゆっくりお金を数えていた。
「ねぇねぇ」
ユキは彼の前にしゃがみこみ、話しかけた。彼はキョトンとユキを見た。
「お名前は?」
彼はしばらくもじもじしていたが、母親に促されて答えた。
「……リュオ」
ユキがニカッと歯を見せて笑うと、リュオも俯きながら笑った。
「そっかぁ……リュオ君、いくつ?」
リュオは片手を広げてユキに見せた。
「か、可愛い……」
その言葉に、女性はにっこり笑った。
「ありがとう。良かったね、リュオ」
ユキは、彼女が幸福であることに気付いた。