04.Omnia aliena sunt: tempus tantum nostrum est.
全ての物は他人のものである。しかし時間だけは、我々のものだ。
「ろくなお客来ないね、モーティスさん」
ユキは退屈そうに言った。モーティスはつい今しがた、狂ったような学者を追い払ったところだった。彼らはもう、歴史学者には過去を見せないことに決めていた。今まで訪れた十人がことごとく死亡してしまったからだ。
「まったく、奴らの執念は恐ろしいな」
「歴史関係を見た十人が十人とも死んで、犯罪現場を見た二人は、二人とも人を殺して服役中」
ユキは手帳を見る振りをしながら言った。モーティスはため息をついた。
「やれやれ、もっと違った使い方は出来んものかね?」
「……モーティスはどう使うの?」
「私か?」
モーティスはしばし考え込んだが、すぐに肩をすくめた。
「……分からん」
「はぁ?」
「私はずっと疑問に思っていたことを解決した。結果、これが出来ただけだ」
モーティスはそっけなく言った。ユキは目を細くして彼をにらんだ。
「嘘つき」
「何?」
「あり得ないでしょ、そんなこと」
モーティスはうんざりしたようだ。あからさまに顔を背けた。しかし、ユキは続けた。
「こんなもん作り出すのに理由がない訳ない。しかも、モーティスが自分で言ってたんじゃないの」
モーティスは横目でユキを見たが、何も言わなかった。
「“人類の夢を叶えるもの”だって。そうでしょ?」
「……嫌なガキだ」
しかし、完全に顔を背けていたため、彼女には聞こえていなかった。
「え?」
モーティスは思い切り不機嫌な顔をして、ユキのほうに向き直り、指を突き立てた。
「良いか?ひとつ良いことを教えといてやる。人生をうまく乗り切る、大事なことだ」
「……“余計な事は言わない”ってか?」
ユキはほとんど見下すように言った。図星をさされたモーティスは完全に固まってしまった。ユキは鼻を鳴らした。
「……嫌なガキだ」
今度は聞こえたようだが、ユキは笑っているだけだった。
その後、モーティスは突然口を開いた。
「……私はずっと不思議だった」
(以下は彼がユキにした話である)
全てのものは、存在している以上、消えたり、なくなることはない。そう見える事象があったとしても、実際は形を変えているだけだ。
しかし、だ。
それならば、今この瞬間、存在しているはずのものが跡形もなく消えているではないか。
それが何か、君に分かるか?
分からない?そうか。よく考えてみろ。
私たちが生きているのは、“今”だ。その“今”が“過去”になったとき、それは 何 処 に 消 え た の だ と 思 う ?
え?何?
“今”が新しい“今”に変化しただけだと?
……確かに、そういう考え方も出来る。
しかし、“時間”は何処に消えた?
こうして話している間も、ずっと“時”が過ぎていく。そうだろう?
私はある仮説を立てた。
“時間は、別のどこかに移動したのではないか”
まぁ、馬鹿馬鹿しいと思うのは勝手だが、私は大真面目だった。
もし、それが真実なら、“別のどこか”は、“何処にでもある場所”でなければならない。時間は何処にいても過ぎていくからだ。
そして当然、それは誰にも見えない場所になければならない。今まで誰も““時”の行き先”などを見つけたことがないからだ。
え?回りくどいって?……分かった分かった。簡単に言おう。
“時”は異次元に消えた。それが一番簡単な表現だ。
ユキは首をかしげた。
「?それ……ホント?なんかいまいち釈然としないんだけど」
「……実のところ、私も良く分かっていない」
「しかも、それがどうして“アーティキュロ・モーティス”に繋がるの?」
「……今日はもう遅い。また明日、な」
ユキは眉間にしわを寄せながらも、素直に立ち上がり、帰りかけた。それをモーティスが呼び止める。
「あぁ、ユキ」
「……何?」
「宿題だ。“アーティキュロ・モーティス”のうまい使い方、ちょっと考えてきてくれ」
ユキは彼の顔をじっと見た。
「そういえばさ。モーティスは何に使ったの?」
「ほら、チャイムが鳴った。早く帰りなさい」
ユキははぐらかされたことに腹を立て、さらに眉を吊り上げた。しかし、モーティスが相手にしなかったため、仕方なく背を向けて歩き出した。