03.Felix qui potuit rerum cognoscere causas.
事実の原因を認識し得た者は幸いである。
「すみません」
やせこけた男が、いつの間にか“アーティキュロ・モーティス”の横に立っていた。みすぼらしい服やぼさぼさの髪は、何故だか“死”を予感させた。その上男の目だけはぎらぎら光っているのを見て、ユキは身震いした。
「すみません。お願いしたいのですが」
モーティスは彼の上から下までじろじろ見ると、冷たく言った。
「……一回二万。君に払えるのかね?」
「……持っている」
モーティスは目を丸くした。そして男から、ピン札の一万円札を二枚受け取ると、彼の顔をじっと見た。注意深い、敬意をこめた目だった。
「……貴方の顔に見覚えがあります」
「……何?」
「……恐らく、貴方の望むものも」
男性は硬い表情でモーティスを見た。警戒心が前面に出ていた。
「……ご忠告いたします。この“アーティキュロ・モーティス”は、見せるだけの装置です。それだけで、過去を変えることは出来ないのです。真実が貴方を癒すとは限りませんよ」
「……どうやら、本当に私をご存知のようだ」
男性は極めて苦々しげに言った。
「失礼だが、余計なお節介はやめていただきたい。私が私のなすべきことをなすために、どうしても知らなければならないのだ」
モーティスはその後、事務的に見たい場面を確認しただけで、何も言わなかった。ユキは少し離れたところに座り、それをじっと見ていた。
「……さぁ、どうぞ」
モーティスは男を箱の中に入れた。
十五分後
「……」
男は始めよりずっとみすぼらしくなっていた。生気をなくしていたのだ。
「……」
モーティスもまた、何も言わなかった。ただ、機械のチェックをしながら、横目でちらちらと男性を伺っている。
男性は呆然としていた。その空ろな目で何を見ていたのか、誰にも分からなかった。彼は唐突に歩き始めた。何処に行くのか、まったく分かっていないふらふらとした足取りで、ユキの前を通り過ぎ、通りの向こうに消えた。ユキは彼がいなくなっても、ずっとその方を見ていた。
「……あの人は追いかけなくていいのか?」
モーティスはぶっきらぼうに聞いた。ユキは質問には答えず、つぶやくように聞いた。
「……あの人は?」
「……ある事件で惨殺された少女の父親だ。犯人は捕まってない」
ユキはハッと息を呑んだ。
「……じゃあ、今見せたのは……」
「犯行の場面だ」
モーティスがイライラを押し付けるように言った。
「……聞こえなかっただろう?彼の声が」
モーティスは吐き捨てた。ユキはその顔を見て、びくっと身を縮めた。憎悪だった。ユキはモーティスの真の顔を見た気がした。
「……やれやれ、今日は商売にならん」
そう言ってモーティスは荷物をまとめ始めた。じっと黙っていたユキがぼそりと呟いた。
「何言ってんだか。今日は初めて、お客が来たじゃん」
「そう思うか?」
ユキはしばらくその後姿を見ていたが、しばらくしてハッと目を見開いた後、訝しげな顔をした。
「まさか……お金、返したの?」
彼は追い払うような身振りを見せた。
「ほれ、今日は帰れ。また明日な」
ユキは腑に落ちない顔をしていたが、素直に立ち上がった。
「じゃあ、またね」
モーティスから、すでに憎悪は消えていた。彼は笑って手を振り、ユキと別れた。
そして、その男性である。
彼は死ななかった。大怪我もしなかった。
ただ、人を殺しただけだ。
何の面識も接点もないはずの若者を4人殺した後すぐ、自ら警察に通報し、犯行を認めたのだ。
どうやって殺したかなどはすぐ話した彼はしかし、動機については全く何も供述しなかった。
何かがあったのだと、誰もが憶測した。
真実を知っていたのは本人を含めて三人だけ。
彼は後悔してはいなかった。