02.Memento mori.
死を記憶せよ。
男がまた、口上を述べていた。
「さぁさぁお立会!!」
「誰もいないよ、おじさん」
十二、三歳くらいの少女が、道路の端にしゃがんでいた。たしかに、そこにはその子以外、誰もいなかった。
「君がいるじゃないか」
「私?」
少女はキョトンと男を見た。
「私、二万円も払えないけど?」
男はクスクス笑った。
「子供相手に商売をする気はないよ。“見て”みないか?」
少女は男を疑うように見た。その視線を受け、男はちょっと後ずさった。
「おいおい、そんな目をするなよ。別にとって食いやしないよ」
「そうじゃないけど・・・・・・・・」
少女は警戒を解こうとはしなかった。男から目をそらし、“アーティキュロ・モーティス”を見上げる。
「この前、そうやって中に入った人が、事故で死ななかった?」
男の手が、自分の燕尾服のボタンをいじり始めた。
「・・・・・・・・・ほう?」
「この一週間で、三人がそこに入って、二人が死んだ。違う?」
「そうなのかね?私はよく知らないが・・・・・・・・」
男はボタンを留めたり外したりしている。少女は横目でそれをちらりと見たが、何も言わなかった。
「ちょっと待てよ?君、何で客の数を知ってるんだ?」
彼女は平然と言った。
「ずっと見てたから」
「・・・・・・・・・気が付かなかったな」
「嘘ね」
男には聞こえなかったようだ。彼は大きな腹を揺らしながら尋ねた。
「ところで、二人は事故で死んだんだろ?あとの一人は?」
「・・・・・・・・・やっぱり、生き残りがいるのは想定外みたいね」
少女の目がきらりと光を帯びる。男は危機感を覚えた。
「馬鹿な。死んだものより、生きているものを気にかけるのが・・・・・・・・・・」
少女はさえぎった。
「おじさんの発明のデータ集めってとこ?」
男は目を見開き、少女の顔をまじまじと見つめた。男が答えないので、少女はその目をまっすぐに見返し、さらに聞いた。
「私も死ぬの?」
「一体・・・・・・・・・!?」
男の手が、さらに早くボタンをいじっている。少女はそれを見て、ポケットに手を突っ込み、通りの反対側を見やった。
「なんとなく、そんな気がしただけ」
男の手がぴたりと止まり、驚きに満ちた目が少女をじっと見ている。しばらくして、彼は大きなため息をついた。
「やれやれ、思ったより聡明なお嬢さんだ。名前は?」
「・・・・・・・・・・ユキ。おじさんは?」
「私か?・・・・・・・・・・・・モーティスだ」
「それ本名?」
ユキはニヤッと笑った。モーティスも笑みを返す。
「さぁな」
ユキは口元に笑みを浮かべたまま、再び彼から目をそらし、遠くを見た。モーティスはそわそわと彼女の横顔を見ていた。
「それで・・・・・・・・・・生き残ったのは・・・・・・・・・?」
「あぁ」
ユキは暗い声を出した。
「“生き残った”と言えるかどうか、実際微妙なの。結局頭を強く打って、意識不明の重体だからね」
モーティスはほんの少し落胆しているように見えた。
「・・・・・・・・・・・それでユキは過去を見ようとしないんだね?」
しかし、彼女は首を横に振った。
「ううん。もともと、過去にはあんまり興味ない」
「ホントに?」
ユキは“アーティキュロ・モーティス”をまた見上げ、頬をぽりぽりかいた。
「・・・・・・・・・・まぁ、半分は。どっちかって言うと、過去より、過去を見たがる人に興味があるの」
「それで八日間もここに張り込んでたのか?大したもんだ」
「ほら、やっぱり気づいてたんじゃん」
ユキは何故だか誇らしげだった。その時、暗く、弱弱しい声がした。