12.Sit tibi terra levis.
土が汝にとって軽くあるように願う
「ユキ、忘れてないだろうな?」
「はぁ?」
彼女は不機嫌だった。モーティスはニヤニヤ笑ってその顔を見ている。
「宿題だよ、宿題。「「アーティキュロ・モーティス」をどう使うか」」
「……知らないよ。モーティスが何も教えてくれないんだもん。私には分からない」
「聞く必要もないんじゃないのか?「「見るだけのタイムマシン」をどう使うのか」。こう置き換えたら何か浮かび上がるだろ?」
ユキは足で地面をぐりぐりとほじった。
「……歴史上の何かを確かめるのはダメ。犯罪現場の調査はまだ良いとしても、それじゃあ「人類の夢の結晶」とは言えないでしょ。それに太古の世界を覗きに行くというのも、ちょっと一部の人の「夢」に限られすぎてる気がするんだよね」
「……で?」
「……思うんだけど、やっぱり、見る「だけ」じゃ、どうにもなんないでしょ。しかも「過去限定」じゃ、ね。そうじゃない?」
「……そうなのか?」
モーティスは少し小首をかしげた。
「だって、未来を知りたがるのが人間。逆に、過去は変えたいと願うのが人間でしょ」
「……なるほど」
彼は「アーティキュロ・モーティス」を見上げ、「やれやれ」と首を振った。
「ならば、私の「人類の夢の結晶」という発言は、「羊の頭」であったようだ」
「羊の頭?」
モーティスは気のない顔で肩をすくめた。
「「羊頭狗肉」という四字熟語があってな。羊の頭を掲げて、実際にはそれより質の劣る狗の肉を売っていたと言う故事があって……」
「「看板に偽りあり」って言うこと?」
「ま、そんなとこだな」
モーティスが朗らかに言った。ユキは自分で言ったくせに、どうしようもない気まずさを感じていた。
「……でも、モーティスは夢をかなえたんでしょ?」
「ん?」
モーティスはとぼけたが、ユキは繰り返した。
「モーティスは夢をかなえたんでしょ?」
「何故そう思うんだ?」
モーティスはさも面倒くさそうに言った。
「そう思ったから」
「……それじゃ答えになっていない」
ユキは肩をすくめた。
「だってただの勘だもん。そう思っただけ」
しかし不思議なことに、ユキには確信があった。
「でも、間違ってないでしょ?」
モーティスは顔をしかめ、じっとりとした沈黙を作り上げたが、ユキは面白がっているような笑みを浮かべるだけだった。
程なくして、モーティスのほうが折れた。
「……やれやれ、全く大した奴だよ、お前は」
「……」
ユキは黙っている。彼女が見ていると、モーティスは「アーティキュロ・モーティス」の扉を開いた。
「……モーティス?」
「今から君に、私と同じ体験をしてもらう」
「同じ体験?私も同じ「夢」を抱いてるって……??」
「恐らく」
ユキは半信半疑でその中に入った。
「それはこれが「人類共通の夢」だってこと?」
「……そうだ」
ユキはニヤッと笑った。
「私ひねくれもんだけど、それでも?」
「自分で確かめてみるんだな」
モーティスは冷たく答え、扉を閉めた。
暗闇の中、沈黙が続いた。
「……モーティス?」
ユキは堪え切れずに言った。
「もう少し待て。すぐだから」
「私、何かイメージしなくていいの?想像力で時間を超えるんでしょ?」
モーティスは無感情に言った。
「私がやってる」
「……そう」
ユキは不安げに周りを見回した。
「……なんかヤダな、この感じ」
「闇が怖いのか?」
「……そうだね、それに狭いし」
ユキは手を伸ばし、壁に触れた。
「……こんな暗いところにいると、何を信じていいのかさえ、分からなくなる……」
返事がない。ユキはぞわりと悪寒を感じた。
「……モーティス?」
ユキは上を見上げた。と言っても、何も見えない。
「……モーティス!?ねぇ、返事してよ!!」
じわりじわりと恐怖が押し寄せてくる。
自分の手も見えない暗闇は、自分の存在を吸い取られてしまう気がするほど圧倒的だった。
彼女が再びモーティスに呼びかけようとした時、また「時を越える瞬間」が訪れた。
突然ユキの体が床に押し付けられ、強烈な光が狂ったように暴れながら降って来た。
とっさに目を閉じたにも関わらず、光の強烈さにユキはめまいを覚えた。
そしてその光が消えると共に、彼女を押さえつけていた力もふっと消える。
地べたに座り込んでいたユキは、恐る恐る目を開けた。
「……?」
そこは、ユキの知っている街だった。
今も住んでいる街だ。
見間違えようがない。
ぱっと見た見た目も同じだし、コンクリートのひび割れや、ガードレールのさび具合までほとんど同じだった。
強いて言うなら、ほんの少しだけ違和感がある。
それは「こうなっているはずなのに」と思わせるような、実に些細な違いだった。
(……でも、ぜんぜん違うってわけじゃないし……)
ユキはふと思った。
(……そうか、これは「過去」だ)
そう、それはたった六年前の「過去」だった。
ユキはあたりをきょろきょろ見回した。
(……なんでモーティスはこんな……え!?)
ユキは向こうから歩道を歩いてくる女性を凝視した。
まさか、と思った。
しかし、間違いない、とも思った。
女性が一歩、また一歩と近づいてくる。
彼女は娘と思われる幼い少女の手を引きながら、ゆっくりと歩みを進めている。
ユキは愕然としながら呟いた。
「……お母さん……?」
随分とご無沙汰してました。
どうにもアイディアが浮かばず、ほとんど忘れかけていた、と言っても良いぐらいです。
でも最近、図書館で「時の娘」というタイム・トラベルを扱った短編集を読み、久々にやる気が出て、更新に至りました。
ただ、根本的に方向性が決まっていないため、今後の更新は順調に行くのかどうか分かりません。苦笑
目指せ完結!笑
田中 遼