01.Certa amittimus dum incerta petimus
われわれは不確実なものを求める間、確実なものを失う。
「さぁさぁ、お立会!!」
小柄な男が両手を打ち鳴らした。黒いシルクハットと、丸々太った体にぴったり合った燕尾服。そして短い手をいっぱいに伸ばした身振り。すべてが大仰だった。
彼はまた声を張り上げて、横の大きな黒い箱を指差した。それは、電話ボックスに似た大きさだった。
「これは世にも奇妙な発明品!その名を“アーティキュロ・モーティス”という、人類の夢の結晶でございます!」
見物人たちは、この男の様子が可笑しくて笑った。その笑い声を聞き、男は目を見開いて、彼らを見回した。
「冗談などではございません!これは過去の光を映し出す装置。時間を飛び越え、何より貴重な真実をご覧にいれます!」
「なんだ、ただの映画上映か」
一人がつぶやき、その場を去ろうとした。彼は“過去の光を映し出す装置”と聞いて、映写機を連想したのだ。一方、それを聞いた男は憤慨した。
「失礼な!!これは、本当に、真実の光を映し出すのです!いいでしょう!そこの貴方!お一人様のみ、無料でお見せしましょう!科学の神秘を!!」
男はすごい剣幕でまくし立てたが、それもまた観衆の笑いを誘った。彼らは“やれやれ!”と、立ち去りかけていた男性を前に押し出した。シルクハットの男はにこやかにそれを迎えた。
「ではどうぞ。お客様、何をご所望で?」
男性は不機嫌な顔でコートの襟を直した。
「・・・・・・一体、何を答えれば?」
「ご覧になりたい“光”を。正確な時間と場所をお伺いすることもあります」
「・・・・・・・“光”?」
「時、といってもいいですよ」
彼は一瞬呆然としたが、すぐに理解した。
「・・・・・・・・つまり、見たい場面を言えば、その景色が実際に見える、という訳か・・・・・・・・!?」
男は愛想笑いを浮かべてうなずいた。
男性は黒い箱、“アーティキュロ・モーティス”を見上げた。
“これはチャンスか・・・・・・・?それとも・・・・・・・・?”
もしかしたら、という言葉が、彼の頭を幾度となくよぎった。心臓は、踊りだしたかのように強く波打っていた。
「・・・・・・・・・じゃあ・・・・・・・・・・1867年・・・・・・・・・・12月、10日の・・・・・・・・・」
男の目がきらりと光った。
「坂本龍馬暗殺の場面でございますか?」
「!!」
「そうですか・・・・・・・・・お客さん、学者の方ですか?」
「・・・・・・・・・・そうだが?」
学者は驚いた顔をした。男は彼を箱の中にいざないながら、にこりと笑った。
「やはりそうですか。いやなに、普通の方は、そのような場面をとっさに出されないのでね」
「今ちょうど、龍馬に関する論文を書いていてね。もしかしたら参考になるのでは、と思ってね」
彼はごくりとつばを飲み込んだ。自分でも、なぜ自分がこの装置を、この男を信じようとしているのか、分からなかった。
「・・・・・・・・・・そうですか・・・・・・・・・では、お気をつけて」
男が再び微笑んだ。その目を見て、学者は背筋が寒くなった。彼は何かを予感した。それは、とてつもなく悪い物だった。
しかし、何か声を上げる前に扉が閉められ、中は真っ暗になった。
十五分後
「そうか!!そうだったのか!!」
男が扉を開くと、学者は叫びながら飛び出した。そして、男と見物人に対し怒鳴るように言った。
「本当に、これは人類の夢の結晶だ!!!」
「おいおい、何があったんだ??」
「私は本当に、本物の場面にいた!ついに、明らかになったんだ!!!」
学者は男の手を握り締め、熱烈にお礼を述べた。男は学者が箱の中に入る前と同じ笑みを見せていた。
「いえいえ、論文、頑張ってください」
「ありがとう!!これは私の気持ちです!!!」
興奮のあまり、先ほどの悪寒を忘れた学者は、財布の中身をそっくり彼に渡し、あたふたと駆け出していった。
男は落ち着き払って、それを懐に収め、民衆を振り返った。
「さぁ、他にはいらっしゃいませんか?1回、たったの2万円!!」
途端に見物人たちの顔が白けた。
「高ぇよ!!誰がそんなもん払うか!」
「何なんだよ!ぼったくり野郎が!!」
人々は罵りながら立ち去っていく。しかし、男は満足そうに笑い、また口上を始めた。
「さぁさぁ、お立会・・・・・・・・・・」
ところで、その学者がメディアに取り上げられたのは、歴史の謎を解き明かした研究者としてではなかった。
彼の名前はひどく小さいものとして扱われた。
新聞の地域面の一番下である。
“ひき逃げ、大学教授死亡”
“アーティキュロ・モーティス”から出た、数分後のことだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
この“男”、見た目はかなりコミカルなのに、目だけは恐ろしい。そんなイメージです。
今までの作品と同様、方向性はまったく決まっておりません(゜▽゜)
チョコチョコ更新していこうと思っているので、どうぞよろしく。
田中 遼