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湖と雷鳴


 ノアは描き終えた絵を私に見せてくれた。

「ふふ、どうかしら? でも、私の絵なんかより本物のフェニの方がもっと美しいけれど」


 その絵に関して、私はどのように感想を持てば良いのかわからなかった。元々、芸術に造詣のない人間だった。


 ありがとう


 絵を描いてくれたことだけでも感謝を述べた。

 しかし、何も不服ではないのだが、ノアの描いた私は、何故か赤色の体をしていた。首を少し捻り、羽の先を視界に捉えても、白に薄い青を混ぜたような色をしていて、一体どうして赤い鳥を描いたのか不思議だった。


「ふう、ずっと座っていたから少し歩きたいな」


 そう言うと、籠から私を出して、別の小さい籠に入れ替えて、それを持って部屋を出た。



「外の空気でも吸って、お散歩でもしましょうか」


 ノアの身につけている装いや部屋の装飾、それに本人の所作もそうだ。それらから、かなりの位の高い家柄だと分かる。何より外に出ると、見上げきれないほど大きな城が建っていたのだから。

 お散歩とノアは話していたが、綺麗に整えられた庭を抜けると、大きな木に阻まれた森へ入っていった。一瞬、少女が一人で大丈夫かと心配したが、森の中は歩けるように草が刈られ、舗装されて歩きやすくなっていた。


 ここもノアの家の所有地なのか

 

 大きな木々の間から射し込む木漏れ日に、音のない空気が染み込んでいるような、静かである以上に、まるで時の静止を感じさせられた。

 

「ねえ、フェニ。知っているかしら?」


 何をだい?


「ふふ、あなたは小鳥だからわからないよね。でもね、聞いてくれるかしら?」


 ああ


 ノアは途中にあった木の丸太椅子に腰をかけ、膝の上に鳥籠を置いた。


「お父様はね、とても忙しいの。国のために務めているから。・・・そう、国のためなの。みんながそうなの」


 ノアは瞼を閉じて静かに唇を結んだ。その沈黙を私は見上げている。少し離れた木々から鳥の鳴き声がした。私はそれを鬱陶しく思った。

 目を開けると、ノアはどこか変わっていた。見た目、ではない。ただ何かを纏っているような、そんな気がした。


「フェニが飛べるようになるまでちゃんとお世話するからね。そして飛べるようになったら、あなたは、・・・ねえ、フェニはどこへ行きたいかしら? そこへ連れて行ってあげるね!」


 行きたいところ・・・

 考えてもみなかったことだ。

 この体に転生して、在るものとして受け入れていた。

 元の自分は既に死んでいるのだから。帰る場所などもうないだろう。

 それに人だった頃、今日生きていることが不思議だと思う毎日であった。戦争という無意味な熱に侵された国と国がひたすらに消耗し続けて、幾度切ったのかわからない骸を踏み越えたその先に、敗戦国の残虐者という罪人となった。


 報われぬ、本当に無意味な生き方だった


 


 森を更に深く進むと湖が現れた。

 さほど大きなものではなく、一見、池かと思ったのだが、ノアが「ここはね、湖なの」と嬉しそうに話すため、反する必要もなかった。


「この湖はお母様が連れてきてくれた特別な場所。こうして湖を見ていると、ここに生きているって気になる。そう、お母様が教えてくれたの。とても、大切なことを教えてくれたわ・・・」


 母親の話は初めて聞いた。

 あの家で見たことがあるのはノアと侍女くらいだった。父親は、時折名前が出るくらいで、会ったことがない。

 母親のことを話す口ぶりから、もう亡くなっているのではないか。遠い過去を話すようで、そしてそれは温かみのある寂しい思い出として、心に溢れている気がしたからだ。


「さて、そろそろ戻りましょうか。空も灰色が濃くなってきたので雨も降りそう」


 歩いてきた道を戻っている途中、雨が降りだしてきたようだ。


「あらら、早く戻らないと。でもフェニが濡れてしまうかもしれないし・・・、フェニ、少し雨宿りをしましょう。この雨、きっと強くなりそう」


 背の高い木々で城までの距離が見えない。まだ歩かないと帰れなさそうだと判断したのか、大きな木の下に入り一時の雨をしのぐことにした。

 ノアが鳥籠を抱き締めるように体に寄せて、「寒くない?」と優しく声をかける。


 私は大丈夫だ

 それよりノアの方が濡れてしまうだろ


「きゃっ」


 白が瞬き、それにノアは小さく声をあげた。少し間を空けて轟音ががなり響く。


「家の中だと平気だけど、外だと少し怖いね。フェニ、大丈夫? 雷、怖くない?」


 ああ

 

 もどかしい。そして、虚しかった。

 咄嗟に庇おうとしたのだ。

 だが、動くのはこの不便な羽だ。器用さもありはしない、腕を全て添え木で固定されたみたいに、上下とバタつかせるだけ。

 それは気づかぬうちに囀ずりとなってもれていたようだ。


「大丈夫。怖くないよ。だって私がいるもの」

 

 そして、ノアは口ずさむ。

 私の記憶にはない、子守唄のようなゆったりと、抱擁する歌だった。


 どこかでまた雷が落ちたことに気がつかなかった。



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