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ロータスを別つあなた



「離してくださいっす! 止まってください!」


 リンはジタバタと手足を振り、私の小脇の中で暴れている。

 ひたすら線路の横を平行して馬を走らせる。どんなに飛ばしても、機関車は見えてこない。

 

 少し考え、一度馬を止めた。


「おい、ノアを乗せた機関車は、次はどこに停まる。どう行けば、先回りできる」


 リンの手がピタリと止まった。

「・・・あなたは、何者っすか。セイラさん、いやノアさんとはどんな関係なんすか」


「・・・私は、ノアを護るために来た。それだけの存在だ」


「守るって、そんなの、・・・と、とにかく、リンを降ろしてくださいっす! こんなの、団長に怒られるっす」


 団長、カーリナのことだ。

 私が現れた時も、あの冷静な立ち姿からただ者ではないと分かる。女性ながら組織をまとめる統率力や、佇まいから確実に頭が回る強者だろう。


 咄嗟に後ろを振り返る。何もいない。

 追手も来ていない。だが、このまま何もないとは思えない。だとすれば、速さだ。何よりも早くノアの元へ着き、助け逃げなければ、時間が経つほどに困難になるだろう。


「あのっ!!」


 と、リンの張りつめた声が届いた。どうやら考えていて話を聞いていなかったようだ。


「いいっすか! 馬で追いつくのは無理っす。・・・ですけど、秘密洞窟を通れば、もしかしたら先回りできるかも、しれないっす。・・・ただ、その場所、教えられないっす」


「・・・」


「リンは、あなたのことを信用してないっす! どこの誰で、目的が何か分からないと、たとえノアさんのことだとしても協力なんて、できないっす」


 力強い瞳が真っ直ぐに私を見ている。

 そこに臆するものは一切なく、純粋な一つの希望のように見えた。

 だからなのか、私は頭で考えるよりも、言葉が自然と溢れたのだ。


「お前は、ノアの友達になってくれた。

 ノアは、ずっと一人で、私の絵を描いていて、誰かと話すといえば、私に語りかけるくらい。お前と出会って、ノアが、楽しそうな顔を見ることができた・・・」


「・・・でっ、でも! ノアさんは、リンに嘘をついていて、だけど、リンも、ノアさんのこと騙していて、リンは、何を信じたらいいか、分からないっす!」


「それは、私にも分からない。ただ、私はノアに救われた。救われたと思う。

 それが信じていることになるのかは分からないが、私は、ノアが穏やかに笑って生きていてほしい。

 その、・・・ノアの明日を護るために、何があってもノアの元へ行きたいんだ」



「・・・団長」


「ん?」

「いっ、いや、同じことを、言っていたと思っただけっす」


「そうか。・・・すまない。迷惑をかけた」


 これは、私の使命だ。


 リンを解放するために、馬を降りようとして、その腕を掴まれた。


「今は使われていないトンネルがあって、そこを通ると、線路に出られるっす。・・・けど! リンも連れて行ってください! ノアさんと話がしたいっす。道もちゃんと案内するっすかっ、うわぁ!」


「分かった。では頼む」


 私は迷わずそのままリンを自分の前に座らせた。馬の腹を蹴り、急いで走らせた。



 -------



 ノアにとって、生まれて初めての手枷は、冷たくて重たいものだった。頭に渦巻く色々な状況と人の顔が、胸を重苦しくさせる。

 

 ノアは無意識に顔を上げて、窓を見た。

 思い返すと、フェニと初めて機関車に乗った時は、ノアは無理やり楽しそうに振る舞っていた。しかし、心の内には、自分は売られていくのだと、その不安を圧し殺すことに精一杯だった。


 肌に触れるフェニの羽と、小さく震える体、微かな温もりと鼓動だけが、ノアにとって唯一の居場所だったのだ。


 ノアの父は、フェニを連れていくことを反対された。

 自分の辿る運命のことを思うと、フェニだけが救いだったから、ノアは初めて父に反抗したのだ。



 ノアは、高速で流れる木々を眺めていると、それが、なぜだかリンの顔に見えた。

 そして、自然と涙が頬を伝った。


「ふん! 今さら命が惜しいかこの人殺しめ。いいか! お前も、お前の従士も罪を償わせてやる!」


 向かい側に座るガールディアの兵士が、憎らしくノアを睨む。苛立ちのせいか、膝を縦に小刻みに揺らして、それが、今のノアと、そしてフェニへと向けられる感情の総意だと表しているようだった。


 ノアは、自由のきかない手で胸元を軽く押さえた。

 丸い塊が肌に触れ、リンと一緒に買ったペンダントが確かにあることを感じていた。




「どれが、いいっすかね?」


 リンが店に並ぶ銀のアクセサリーを見て言った。どれもシンプルな造形のなかに、磨れた銀が魅力的な光沢を浮かべている。

 ノアは、その中の一つを手に取ってみた。


「これ、リンさんに似合うかも」

「どれっすか?」

 掌に蓮の花弁が形作られたペンダントがある。リンはそれをジッと覗き込むと、それを手にする。


「・・・こ、これに、するっす!」

「え? いいの?」


「もちろんっす! セイラさんが選んでくれたものっすから! ・・・でも、お花の形とか、リンには可愛い過ぎる気がするっすけど」


 リンのその照れた顔は、柔らかな赤い花が頬に散っているみたいだった。


「リンさんは可愛いですよ?」

 ノアのそれは、少しイタズラ心を含んだ笑みだ。


「い、いやいやいや!! り、リンは可愛くないっす!」


 二人は、同じペンダントを買った。

 ノアにとって初めての友人との買い物だった。

 リンにとって初めて、友人とお揃いの物を身につける。


 だから、互いにこれを一生の宝物にしようと思った。




 トンネルに入る。

 窓は真っ暗になり、ノアの顔が反射する。

 

 私はこの先、殺されるのね。


 薄暗がりのノアが、語りかけていた。


 国王の命を奪ったのだから。

 ミストリアを裏切ったのだから当然か。

 

 それは、ノアではないノアだ。

 諭されて、どこか同情されてもいて、しかし、それはノア自身の中に確実にある罪悪感だった。


 既に死んでいたようなもの。


 ゴート王との婚約が決まった時から、自分が国の繁栄のための礎になる時から、王女に生まれた時から、人として、生きることは失われていたのだから。



 ノアは、答えを与えられた気がした。


 自分には、行く場所も帰る国も、何もないのだと。



「ああ、お別れを言えなかったな」


 

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