術を知り、馬は翔る
涙が合図だったかのように、リンは途切れながら話し始めた。
周囲には、駅の客足が行き来しているだけ、カーリナも他の団員も、ガールディアの兵もいない。
駅の壁の隙間に体を小さく納めて、膝を抱えながら、掌に私を優しく包む。
「り、リンは、馬鹿っす。ずっと、ずっとセイラさんは、セイラさんだと思ってたっす。
だから、きっと団長は、リンには本当のこと言わなかったっす。リンに言ったら、ポカしちゃうっすから。
・・・こんな、こんなことなら、友達にならなきゃよかったっす」
涙が大きな雫となってポロポロと落ちる。
「なにしてんだ、リン」
「・・・団長」
カーリナが目の前に立っていた。
何かを、投げ寄越した。
「そいつ、ケガしてんだろ。包帯とりあえず巻いてやれ。あとでレックに診せろよ」
「だ、団長!」
「あん?」
「うっ、・・・団長、どうして、どうして、セイラさんは、良い人で」
「ったく、リン、お前は本当に・・・。
いいか、良い奴か悪い奴かってのは、どんだけ付き合いが長かろうが分かるもんじゃない。
だが、金になるのは確実だ。ただそれだけだよ。
あと、あいつはセイラじゃない。ノアだ。ミストリアの王女で、罪人だよ」
カーリナは「さっさと戻ってこい」と言い残して先に行った。
私は、自分の底に水滴が落ちるような、焦燥と衰弱を感じていた。焦りながら、自分の無力な体を嘆く。
早く、ノアを助けなければ。
そう思うのと同時に、見聞きしたことが頭の中で整理されていくようでもあった。
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脚の包帯は、私自身のみすぼらしさを浮き立たせた。
今は、ライターンへ着いた時に置いていた馬車の所にいる。そこで、カーリナ以外の人間は集まって、火を囲むようにそれぞれがいる。
遠目には、カーリナが何やら誰かと話していた。
「さあ、フェニくん。キミにご飯をあげるっす。いえ、ケガをしたばかりだと、あまりすぐご飯はよくないかもしれないっすね。
・・・リンが、セイラさんの代わりにちゃんとケガを治してあげるっすからね。
ケガが、治ったら、キミは自由になるっすよ」
リンは静かに言った。
・・・・・・。
自由、自由はいらない。
私はノアを護ることができれば、それ以外、何も望まない。
私の目に、火が映った。周りにいる団員達の動きがどこかゆっくりに見える。
「リンは、どうしたらよかったっすか? ・・・もう、分からないっす」
羽を動かし、体を捻る。
私が、人の姿になったのは、初めはガールディア城の時だ。焼かれ死にかけたと思った後には、人になっていた。
そして、次に洞穴で、内蔵が潰れながら、自分の吐いた血に沈み、そして体が燃えて、人の姿になった。
どちらも、私が、私だったあの頃の姿になった時には、すぐ側に、死と炎があった。
固定された足を無理やり起こした。立っているのか、最早わからない。感覚がない。
「あっ、ダメっすよ。大人しくしてないと」
リンは心配そうに言うが、耳には届いていなかった。
助走にもならない、ふらつく体と、無様な歩行から、翼を広げ、羽ばたかせ、掌を蹴りあげた。
リンが「あっ!」と驚く。
私は、飛行とは言えない動きで、空を転がるようになだれ落ちて、目の前の、火に、飛び込んだ。
リンの悲鳴のようなものが聞こえたが、私の耳には、毛と皮が勢いよく燃え、プツプツと泡立つような音が体の内側から聞こえた。
意識の糸が細くなっていく。
焦がす痛みなど、ノアを護れない苦痛に比べれば、無いものと同じだ。
リンの声で周りも集まってくるようだ。何かで、体を動かされているような感覚になり、転がりながら火に包まれる。
燃える私は雲散して溶けて、気づけば、足を踏みしめていた。
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「おいっ! 貴様、どこから!?」
その声は、ガールディアの兵によるものだった。先ほど、カーリナと一緒に何か話をしていた奴だ。
私の姿を見て、驚きの中に、憎しみのような感情を向けられているように感じた。
「え!? ええ、どういうこと?」
リンは狼狽している。
何が起きたのかと、状況の理解が追いついていないようだ。
そして、それはリンだけではない。他にいる団員らも同じだ。
私は、自身を確認するように、手を握り開いた。
・・・人の、姿になれたか。
剣の抜く音が、瞬時に何かを察する。見ると、私に向かって兵らがにじり寄っていた。
それを冷静に見ながら、ふと、活気ある怒号がした気がした。
そして、遅れて理解する。
「貴様っ! どこに隠れていたか知らんが、お前もガールディアに連行する」
「我が国で、暴れまわり、多くの仲間を殺した罪を償ってもらうぞ!」
そうか。
この兵らは、私が殺した仲間の仇を討ちたいのか。
私はグルリと周りを見た。足元に火が点々と残り、団員らは不可思議なものを見るように、目を丸くさせている。
激しい感情と整理されない状況が混ざり合うなかで、奥に立つカーリナだけ、真っ直ぐに私を見ていた。
やはり、ただ者ではないな。
「いいかっ! 抵抗はよせ、武器を捨てろ」
兵が、剣を構えながら近づいてくる。
なぜ、そんなにも無警戒なのだろうか。
その、あと一足が命取りだというのに。
私は腰の鞘を外して地面に捨てた。
その行為に、兵の警戒心が緩むのを感じる。伸びた手が、落ちた私の武器を拾おうとしたので、すぐに下がる兵の頭を両手で挟み、捻り折った。
一瞬で、兵は糸が切れたように、地面に崩れ落ちる。
兵の持っていた剣を掴むと、そのまま横に切り上げた。わけも分かっていないもう一人の首を、跳ね飛ばす。
「ノアを、護らねば」
私は自分の剣を拾い、腰に差し戻した。
「まさか、お前は一緒に指名手配されていた、ノアの従士か?」
カーリナが、尋ねた。
他の者らとは違い、それは堂々と私を見ている。
「・・・私が何者かなど、どうでもいい。
私は、ノアを、護るだけだ」
「動くなっ!!」
張りつめた声が周囲に響き、私は掴みかけた剣の手を弛めた。
そのカーリナの言葉によって、私の背後にいた団員は動きを止めた。
「そいつに、手を出すな。出せば死ぬぞ。
・・・お前は、どうする? お前の主人を売った人間を殺して、憂さでも晴らすか?」
「・・・」
私は、リンを見た。
小柄な少女だ。
手を伸ばし、リンを片手で抱きかかえ、殺した兵の剣を取った。
「えっ!?」
何者にも、止められる時間も余裕もない。
抱えながら、馬車へと走る。
私を止めようとする言葉が背に注がれながら、馬を繋ぐ紐を切り放した。そして、馬に跨ぎ乗ると、小脇でリンを抱えるようにして、馬の腹を蹴る。
嘶《いなな》きと共に駆け抜ける。
「リ、リンをどうするっすか!? どこ行くんすか!」
「ガールディアまで、案内しろ」
ノアの元まで、止まるわけにはいかないのだ。
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「団長っ! リンが拐われちまいましたよ!」
フェニが、走り去っていったあと、武器商人組織である『ナクストカンパニラ』の団員らは、動揺と戸惑いで口々に言葉が乱れ飛んでいた。その矛先は全て、腕を組み思案の顔を浮かべる、団長であるカーリナへと向けられていた。
「団長、すぐに追いかけやしょう!」
一人が詰め寄るが、カーリナは顔を上げて一言、「黙りな」と言った。
周囲は、全員が口を閉じた。
「・・・まずは、ガールディアに状況を伝えるよ。向こうの兵が殺られてるんだ。事が行き違えば、こちらの不利益になる。
奴の向かう先は分かってるんだ。
私達もガールディアに行くよ。
それと、あの男には誰であれ絶対に手は出すな。ここにいる誰も、手を出せば必ず死ぬ」
カーリナの言葉に、どよめきが上がる。この組織の長であり、そしてこの中で随一の力を持つカーリナの言葉であるからこそ、それには重みがあった。
「さあっ! お前達、すぐに動きな。いいかい、うちから奪うことは何一つさせないよ!」
カーリナは手を叩き、団員らに発破をかける。
しかし、言葉とは裏腹にまだ拭いきれぬ疑問があった。
あの、従士がいったい、どこからやってきたのかということであった。




