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冷たくて、錆び臭い別れ



 ・・・友達に、ならなきゃよかったっす。



 

 -------



 長かったようで、案外あっという間だったかもしれない。そんな初めてな感覚があった。

 目的地であったライターンに到着したという呼び声で、すっかりと馴染んでしまった荷台から降りると、そこは小高い丘のようになったただの平地だった。

 着いたというには、どうやら街の外のように思えた。

「あれ? 馬車はここに置いていくのですか?」


 すると、横にいたリンが、「えーっと・・・」と言いかけると、そこへ、カーリナがフっとやってきて答えた。


「街中で武器をバラバラと見せびらかせておちおち商売なんてしないさ。こういうのは裏でこっそりやるもんよ。さて、それよりも、ちょっと失礼」


「え!?」

 カーリナは、素早い手つきでノアにコートを被せた。何事かと思っていると、そのコートが頭から覆われて、丁度顔が隠れるようになる。


「よし、これから街に入って検問を抜ける。お前は通行許可証はないからな。だが、ここの検問は雑だ。団員で紛れさせりゃあ、すんなり抜けられる。でも一応顔は隠しておきな。止められたら面倒だ」

「は、はい! 分かりました」

 ノアは言われた通りにコートを目深に被った。


「うしっ! じゃあ行くぞ」


 カーリナの声で、ぞろぞろとライターン街内へ向かった。




 カーリナの言う通り、検問はすんなりと通ることができた。緊張はしたが、カーリナが許可証というものを一度見せただけで門兵もそれ以上の追求はなかった。


 街に入ると、ノアはほんの少しだけコートをつまみ上げて、ゆっくりと辺りを見回した。

 そこには、歩く人、物を売る人、話す人、沢山の人がいた。久しぶりにこんなにも多くの人が目に飛び込んできて、一瞬、クラリとする。

 ノアは小さく感嘆の声をあげた。

「す、すごいね。人がたくさん。それに、あっ、あのランプ、とても素敵」


 見上げると、街の中にはランプがいくつもかかっていた。街灯に、店の装飾の一つとして、家々の壁面にも等間隔にそれは配置されていた。


「これ、きっと夜には素敵なんでしょうね」


 そう、うっとりとしながらノアは言うが、しかし、我々は見ることはできないだろう。その頃には機関車に乗っているはずだから。


「しっかし、毎度来るたびにこの街は白けてんなあ」

 と、横を歩くカーリナがそう呟くと、ノアは驚いた。

「え! これで、ですか?」

「ああ、なんだお前は、大都市だったらこんなもんじゃないぞ。ライターンは、小さな街だ。まあ、ランプ工芸で有名ではあるけどな」

「確かに、とても素敵です。街全体が可愛らしくて」



 と、離れた所で甲高い管楽器のような音がした。

「あ、そういえば、駅には・・・」

「このまま真っ直ぐ行くよ」


「あっ、あの、団長! 少しだけ、いいっすか?」

 リンは、スッと手を挙げていた。


「ん? どうしたリン」


「え、ええっと、その、少しセイラさんと、街を歩いても、いいっすか? 前のジャクオンの時は一緒に行けなかったので」


 それは、ノアへの友人としての申し出であったのだろう。ただ、その一言は、一瞬で周囲の緊張感が増したようだった。リンも感じているからこそ、こんなにも恐る恐る言ったのだろう。


「・・・15分だな」

「え!?」


 他の団員から「団長!」と詰め寄られるが、カーリナは、それを手で払うようにする。

「いいっすか?」


「あっはは、それぐらいならいいだろう。ただ、時間は厳守だ。12時には確実に駅に行く。いいか、リン、()()()()()()()()()


 リンの頭の上に手をのせて、顔をグイッと近づける。瞳を覗き込むようで、または自分の瞳を映させるようであった。


「う、・・・っす」

 リンは唾を飲み、頷いた。

 他の団員も、黙っていた。


「そっ、それじゃあセイラさん、行きましょう!」

「え! あ、はっはい」

 と、ノアは押しきられるように手を引かれていった。



 -------


「ねえ、リンさん、どうして・・・」

「え? ああ、急に誘ったりして、すみません。でも、やっぱり一緒に街を歩きたかったんすよ。急で、迷惑だったすか?」


「ううん、嬉しいよ! すっごく! でも、その、・・・」


 ノアは、気にしているような、手指を所在なさげにしている。


「・・・きっと、あと少しでお別れっすよね。それで、その、たぶんもう会えないと思うんすよ」


「え!? どうして? い、いつか」

 ノアは口を籠らせた。


「た、たぶんっすよ! 絶対とかじゃないっす! ・・・でも、もし、もしもこれで会えないかもしれないなら、リンは、思い出がほしかったんす! だから、団長にわがままを言っちゃったっす」


 ノアの手をスッと取ると、見つめる。


「思い出があると、きっとどこで何があっても、強く生きていけると思うんすよ。

 嫌なことや辛いことがあっても、力をくれるっす」


「・・・」


「偶然、セイラさんに会えました。一緒に過ごしたのは数日っす。でも、出会いが偶然でも、時間が短くても、リンには大切な贈り物が届いたみたいっす」


「・・・あのね、リンさん」


「セイラさんは、とてもお淑やかで、上品で、それで」


「リンさん、私は、その、実は」


「り、リンはっ! お姫様に、あ、憧れていて、その、だから、勝手にセイラさんのことをお姫様みたいに見ていて」


「っ!! ・・・わっ、私は」

 ノアは、潤んだ瞳で私を一度見た。

 それは、一瞬ではあったが、無数な感情が込められているように思えた。


「私の、本当のっ」


「そうだ! あれ、一緒に買いましょう!」


 リンは目を乱暴に擦ると、手を引いて走り出した。

 向かったのは外に出ている小さな店だ。銀細工の装飾品が並んでいる。


「同じ物を買いましょう。思い出が形に残るっす!」

 リンはそう言って、笑ってみせた。



 ノアは、明かしたかったのだろう。

 言いたかったはずだ。

 自分の名を、自分の正体を、友人に伝えたかった。


 

 私たちは、12時丁度、ライターン駅へ着いた。



 -------



「・・・カリーナさん、それと団員の皆さん、短い間でしたが、お世話になりました。何もお礼ができないこと、お詫び申し上げます。ですが、このご恩は忘れません」


 ノアは深々と頭を下げた。


「ははっ、気にするな。それに互いに生きていりゃあどこかでまた縁もあるかもしれない」


「・・・はい」


 機関車が停車した。


 ・・・そこでふと、気がついた。 

 駅に、人が少なかった。私たちと、カリーナ、団員たちに、リン、駅の職員はいるが、利用する客の足は、まるで払われているかのようにいなかった。


 私が知らぬだけで、こういうものなのか?


 さわさわと、毛が浮き立つような感覚にがして、そして、カリーナが、ゆっくりと手を挙げた。


 あとから気づいたが、それは合図であったのだろう。



 どこから現れたのか、背後には鎧に身を固めたガールディア帝国の兵がいた。

 そのことに気がつくと、あっという間に取り囲まれた。ノアの腕は掴み上げられ、急なことに思考が硬直する。


「ミストリア王国の王女、ノア・フィーンデルテ! ゴート王暗殺の罪で連行する!」

 

 ノアは目を見開き、顔も体も言葉すらも失ったように固まっていた。何が起きているのか、理解が追いついていなかった。


「え? え? セイラ、さん?

 どういうことっすか!? 団長っ!」


 リンが慌てながらカーリナの腕を引いている。


 私のなかで、カチカチと音を立て、嵌まっていく。


「従士は、・・・やはり、情報の通りいないようだな。まあいい、そのことについては城につき次第、問い詰めてやる」



 そうだ、失態だったのだ。

 私の失態だ!

 どうして気がつかなかった。どうして考えを巡らせなかった。どうして、私の鼻は利かなかった。

 

「え? ・・・あの、これ、これは」


 掠れた、不安定な声は、目の前にいるカリーナへ向けられたのであろう。ただ、そのカリーナは既にガールディアの兵と何やら話し始めていた。


「それで、報酬は指定した場所で受け取ろう」

「ああ、分かっている。協力、感謝する。後日、帝国から礼状が渡されるだろう」


「ははっ、礼などいらんよ。これはただの取り引きだ。普段の商売と何も変わらない」


 報酬・・・、売られたのか。


 一気に頭を巡る酸素が体を熱くさせた。


「あ! あの、カリーナさん! これは、これって! どういうことですかっ!」


「おい! 動くな! 貴様はこれからガールディアへ行くんだ。暴れても無駄だ」


「カリーナさんっ!! わ、私は、私は騙されて、いたのですか!?」


 ガールディアの兵が肩を掴む。


「・・・おいおい、人聞きが悪いぞ」


「えっ」


「先に嘘をついたのはお前の方だろ? セイラ、いやノア・フィーンデルテ。

 それにな、私がいつ助けてやると言った。お前は勝手についてきただけだろう? 自分の意思だよ。

 それに、お前は世間知らず過ぎだ。まあ、王女様にそれを言うのは酷ってもんか」


「そ、そんな・・・っ! リンは、リンさんはっ!」


 リンは、その虚ろな瞳は何を考えているのか、分からない。恐らく、リン自身も分からないのだろう。ノアと、カーリナの顔を交互に見ては、まるで見知らぬ土地に迷い込んだ幼子のようであった。


「リンさんは、リンさんも知って、いたのですか?」


「・・・」


 リンは、呆然として、何も答えなかった。


「ほらっ! さっさと行くぞ!」

 ノアは腕を引かれていく。

 抵抗も無駄だと言わんばかりに、乱暴で、強引に機関車の中へ押し込まれようとしていく。



 私は、私の失態だ。

 なんと愚かで無能なのだ。

 

 今だろう。

 今しかないではないか。

 私が私の姿を取り戻すのは今しかない。

 ノアを助けるのだ。ノアを護るのだ。

 私の体よ、燃えよ、燃えてくれ! 

 私に体と剣をくれ! 

 ノアを悲しませるわけにはいかないのだ!!

 



 しかし、何も変わらない。



 もう一度だ。もう一度、頭に描く。

 私は鎧を纒い、剣を携え、どれだけの敵を屠ってきた。

 

 駄目だ、駄目だ駄目だ!

 何も変わらない!


 口惜しい、願いすら言葉にできず、私は鳴き叫ぶ。

 悲痛な囀りだ。


「ちっ! 煩いぞこの鳥っ、邪魔だ!」

 

 私は奪いさらわれる。体を手で掴み覆われる。無遠慮な窮屈さは、すぐに解放と同時に投げ捨てられ、私は地に唾が吐かれるかのように、へたり着いた。


「フェニ! やめ、やめなさい! フェニ、フェニ!!」


「おい! なんだ貴様、汚い鳥ごときで暴れて、いい加減にしろ!」



「セイラさん!!」

「リン、止めろ。何もするな」


 私は朧気になる目で、ノアを見る。

 

 今、行くぞ。

 

 立ち上がろうとしたが、脚が上手く動かない。見るとあらぬ方向に曲がっていた。


 私は羽を動かし、腹を擦りながらノアの元へと向かう。進んでいるはずなのに、ノアが遠い。


 すぐに、すぐに行く。

 今、助けるからな。

 私の体よ、早く、早くしろ! 

 ノアを護るのだ!



 ノアが私の名を呼んでいる。

 しかし、騒音と白煙が上がり、かき消される。機関車の扉にノアの体が吸い込まれていく。

 

 まだ、まだだ、私がいるぞ。


「フェニ!!」


 羽を伸ばしたが、扉は完全に閉じられてしまった。


 鉄の塊が蒸気と共に動き出す。

 錆び臭い匂いを残して、ゆっくりと、確実に、ノアが運ばれていく。

 私はまだ、体を引きずりながら、追いかけようとしたが、体がスッと軽くなった。


「・・・もう、動いちゃダメっす。ケガをしてるっすから、フェニくん、ダメっす。

 だ、だ、だめ、キミのご主人様は、・・うっ、と、とおくに、行ったのです」


 掬い上げられ、ポツリ、ポツリと、背に雨粒が当たったように湿らせられ、首を捻ると、すぐそこにリンの顔があった。


 ノアを、私は、護ると誓ったのに。


「ご、ごめんなさい」


 すまない。


「ご、ごめん、なさい」


 ノア、すまない。



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