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足音と手紙



 気がつくと、私は掌の上にいた。

 羽を撫でられ、朧気な視界のまま見上げるとノアと目が合った。


「あっ、おはよう。やっと起きたね。フェニ、大丈夫?」


 まだはっきりとしない頭で、どこかクラクラと目眩がする。

「よかった。フェニ、全然起きないから心配しちゃった。具合、悪くない? 怪我ないかしら?」


 具合、悪くないが。

 ・・・悪くはないが。


 胸に渦巻く灰色の何かは、詰まり残っているようだ。


 ノアに心配をかけぬように、体を起こすと荷台の幕が開いて、サッと光が敷かれた。

「セイラさん。おはようございます」

 リンがそこにいた。だが、どこか気まずそうな顔をしていて、表情が曇っている。


「おはようございます。・・・あっ、何かお仕事ですよね。いま行きます」


 ノアは立ち上がり荷台から降りるが、リンは何も言わずに、先にスタスタと歩いて行ってしまう。その姿と様子からノアも少し違和感を覚えたようで、後ろから声をかけると、リンの足が止まった。


「す、すみませんっす。・・・ジャクオンに着いたら、ご飯を一緒に食べに行くと約束したと思うんすけど、行けなくなっちゃいました。すみません」


「え!?」


 リンが背中越しに話すには、予定が変わり、ノアはここで荷物番をしていることになったとのこと。

 ノアは「仕方ないですよね」と、なるべく明るくは振る舞っているが、残念そうな面持ちは隠れておらず、それはリンも同じであった。

 しばらく、どちらからも口を開くことはなかった。


「作業が終わったら出発まで休憩しながら荷物番をしていてください」

 そう言って、リンはカーリナ達とどこかへ行ってしまった。きっと、ジャクオンの街へと行ったのだろう。


 ノアは荷台の縁に座り、足をブラつかせる。仕事はやり終えてしまい、他に数人と残っている団員も、暇そうに火を囲んでいて、何か作業をしている者はいなかった。

 仕事は、あればやはり大変で重労働ではあるが、確かに前にノアが言っていた通り、体を動かさずにいるというのも、時間をもて余してしまい仕事があることのありがたさがわかる。


 それから、時折、私の羽を指でいじったりして待ってはいたが、さすがに座りっぱなしにも退屈してしまい、ノアは思いきって荷台を降りて、火を囲んでいた団員の元へと行ってみたのだった。


「あの、リンさんは、まだいらっしゃいませんか?」


「ああん?」

 男はギロりと目つきの悪い視線を向けてくる。


「・・・団長達はまだ街だ。お前は大人しくしてろって言われてるだろ。さっさと戻りな」

 口は悪いが敵意を感じない。この男は普段からこういった物言いなのだろう。男の姿をジッと見ていると、その男と目が合った。


 

「ほらよ」

 ノアが荷台へ戻ろうとすると、男が何やら乾燥した食べ物を手渡してきた。

「これは?」


「なんだ、知らねえのか。ボンチップだ。魚の骨を揚げたやつだよ。まあ、お前には口に合わねえかもしれねえが、そっちの鳥にでもやんな」

 ノアはそれを受けとる。

 確かに魚の骨が不揃いに割られたもので、きれいな小麦色をしている。

 そして、ノアはおもむろに一つを口に入れた。

「おい、お前が食うのかよ」

 ノアの口元からガリガリと歯応えのある音がする。


「・・・! 美味しいです! このバリバリとした食感と塩味が効いていてクセになりそうです」

 ノアはそう言うともう一つ食べた。


「おっおい、俺はその鳥にやったんだぞ。お前が食ってんじゃねえ」


「はっ! すみません。つい・・・。ほら、フェニもどうぞ」


 私は器用にノアの掌まで、移動する。

 乗せられたボンチップという菓子を少しつついてみた。ほんの小さな欠片が喉を通り、塩味が口の中を広がりチクチクとした。

 私は踵を返してノアの肩の方へ戻った。

 すると、男の笑い声がする。

「がっはっは! なんだよ。これじゃ鳥の方がずいぶんとお高くとまってらあ!」

 

 いや、食べづらいのだ。


 その豪快な笑い声につられ、ノアもクスクスと笑っていた。

「っ! と、とにかく、お前は荷台に大人しく戻ってろ。団長達が来たらすぐに出発だからな」


 男はどこか誤魔化すように、手元の焚き火をいじる。ノアは言われた通りに荷台へとまた戻った。




 -------



 昼を過ぎた頃には、カーリナらが戻ってきて、程なくしてジャクオンを出た。

 出発前にカーリナがやってきて、次はいよいよライターンの街へ行く、予定では二日後に到着すると言われた。

 ノアは改めて礼を言うが、「お前が勝手についてきただけだ。礼などいらん、気にするな!」と、笑いながら言い、去っていった。




 ジャクオンを出発する直前に、リンがひょっこりと現れた。

「これ、セイラさん。どうぞっす!」

 

 手にはソーセージが挟まれたパンが2つあった。

 そして、一緒に食べるために、ジャクオンの出店で買ってきた、お土産だと言って荷台に乗り込んできた。手には、その食べ物と、あと背中には大きな風呂敷が背負われていた。


 ノアは嬉しそうに一つ貰う。お土産のことだけではなく、リンがやってきてくれたこともその表情の意味なのだろう。


「うわあ、美味しそうですね」

 覆われている紙を食べやすいようによけて一口かぶりついた。


「えへへ、街に一緒に行けなかったお詫びっす。どうっすか?」


「うん! とっても美味しい! こんなの食べたことないです。・・・でも、ごめんなさい。気をつかわせてしまって、お金も、私もっていなからご馳走になってしまって」


 そう言われ、リンは急いで首をブンブンと横に振る。

「そんな! 気をつかったとか、そんなこと言わないでくださいっす! リンが・・・」


「ん?」


 不意に黙ってしまい、ノアは顔を覗き込む。私もつい一緒に見上げる。


「いーやっ! セイラさんに食べてほしかったんす! ほら、どんどん食べちゃってください」

 リンの顔は、晴れやかな笑みを浮かべていて、そう言って自分もかぶりついた。

 ノアは一瞬、キョトンと首を傾げたが、すぐに何かに気づき頬を綻ばせた。


「ふふっ、リンさんの口元、ついてますよ?」

 見ると確かに、口元の横に赤い汁がついていた。


「ええ!? ど、どこっすか?」

「ここです、ここです」


 リンは手を小さく振りながら、ノアは指で示してあげて、二人の笑い声が荷台の中にあった。


 そうか、ノアはこんな風に過ごすはずだったのか。


 私は慎ましく、その様子を眺めていた。


 その後、リンは一緒に寝ると言い、風呂敷から持参してきた毛布を出した。そして、二人は並んで眠りに就いたのだった。





 -------



 ガールディア帝国宛


 先日に連絡した旨について簡潔に述べる。

 指名手配中のミストリア王国 王女のノア・フィーンデルテは、我々と共にライターンへと向かっている。

 到着は二日後、時刻は12時。

 ライターン駅へと身柄を運ぶ。そこで身柄の引き渡しを行う。


 そして、提示された報酬についても了承した。予定通り事は進められるだろう。



      ナクストカンパニラ


         カーリナ・リクスシー

 


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