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使者たちが運ぶもの 4



 馬車が停まると、その揺れにノアは目を覚ました。ゆっくりと体をモゾモゾとさせて、重たそうな瞼を擦る。


 おはよう。


 ノアは手を組み、両腕を上に伸ばしている。肘あたりの関節が気持ち良さそうな音を立て、「んー」と声を出しながら頭と体を覚醒させようとしていた。

 ここで、私に気がつき、「おはよう」と頭を撫でる。私を掌に掬い上げ、まだ目が開ききっていないなと思い、寝惚けさの残る顔が近づいてきて、何も躊躇もなく、私の頭に唇が触れた。


 あれ?

 それは、なんだか久しぶりに思えた。

 私はジッとノアの顔を見上げる。


「・・・あ、あれ?」


 ノアの顔に少しずつ色味が宿るようで、瞳がくっきりとなる。そして、スーッと頬が赤くなっていった。

「ちっ、ちがっ、ごめんなさい! フェニ、あの! ちがうのっ! まちがっちゃったの」

 ノアは狼狽して、慌てたあまり私の体をキュっと握り掴む。


 少し、苦しい。


 すると、荷台の後ろが開いた。

 サッと外の光が差し込み、ノアは眩しそうに目を細めた。


「セイラさん、おはようっす。ちょっといいっすかー」

 そこにはリンの姿があった。どうやら私たちを呼びに来たようだ。


「へっ! あ、おはようございます。えっと、すぐに行きます!」

「あー、そんなに慌てなくても・・・、セイラさん顔が赤いっすけど、大丈夫っすか?」


「ええっ! いい、大丈夫、ですっ。顔、赤くないです!」

 ノアはそう言いながらも、慌てているようにしか見えず、その証拠に私を置いてバタバタと荷台を降りてしまい、外へと出て行ってしまった。

 

 ・・・・・・。

 

 「・・・・・・」


 いきなり取り残されてしまった、私とリンは、奇遇にも互いに目を合わせて黙っていた。

「セイラさん、朝からヘンっすね。そうだ。ご飯の用意、手伝ってほしかったんすよ。

 セイラさ、・・・キミも行くっすか?」


 私は、床を跳ね歩き、リンの元まで行った。スッと手を差し出されたので、掌に乗せてもらう。

 

 どうも、ノアは寝惚けていたようだ。

 すまないが、ノアの元まで連れて行ってくれ。


「なんか、鳥なのに人の言葉が分かるみたいっすねえ」

 頭を指で軽くつつかれると、一緒にノアのあとを追いかけた。


「セイラさーん! 待ってくださーい」


 -------



 今は飯の時間。団員たちは各々話しながら食事をとっていて、ノアは、給仕係のために大鍋の前で私と座っていた。

 

「セイラさん、指の怪我大丈夫っすか?」

 そこへ、リンがやってきた。手にはスープ入りのお椀と袋を持っていた。


「ええ、・・・すみません。お役に立てず。私、今まで料理をする機会がなくって」


 先ほど、リンから料理の手伝いを頼まれ、一緒にしていた。

 「がんばるぞー」と、やる気に満ちて、腕まくりをして張り切るノアであったが、端からその様子を見ていた私としては、包丁の手つき、手際を見て、・・・あまり、料理は勧められないなと思った。

 案の定、ノアは指を切ってしまった。


「あっはは! リンも同じっすよ。初めてはいつも失敗ばかりっす。料理もここに来てから覚えましたし、気にしなくていいっすよ」


「ありがとうございます。リンさんは、優しい方ですね」


「いやぁ、照れるっすけど。それに、セイラさんは火起こしすっごい上手でしたよ! なんですかあれ、なんであんなに早いんすか?」


 ノアはキョトンと首を傾げ、「そうなの?」と不思議そうに言った。


 いや、確かにノアの火起こしは早い。

 妙な才能をもっているものだ。



 二人で食事をとりながら、話をしていた。どうやらリンはこの団に始めからいたわけではないらしい。

「私が12歳の時に、団長に拾われたんすよ。私は、簡単に言ったら戦争孤児ってやつっす。

 家族も家も、行く当ても何もなくて、そうしたら団長が助けてくれたんすよ。

 ・・・だから、団長には感謝してるっす」

 そう話し、少し照れながら頬を掻いている。

「そうだ! セイラさん、よかったらこれ、食べます? イチジクのドライフルーツです」

 リンは袋を広げ一つノアに渡した。

 そして、さらにもう一つを千切り、私の前にも置いた。

「ほら、キミも一つどうぞっす」


 私は一口食べてみた。固くて上手く口に入らず、ザラザラとした感触だけがあった。

「ありがとう。いただきます。

 ん! 甘くて美味しい! フェニ、美味しいね」

 

 いや、分からない。


「ふふ、リンの好物っす。気に入ってくれてよかったっす!」



 食事が終わると、その片づけをする。

 使われたお椀に何か粉をふり、細い針金を丸めたものでお椀を擦っていた。最後に水で粉を洗い流す。人数分もあればかなりの数ではあるが、リンも手伝ってくれて、終えることができた。

 その片づけをしている時に、リンにあとどれくらいで着くのか尋ねた。


「そうっすね。確かあと半日でジャクオンに着くらしいっよ。まあ、長居はしないから、そこで一仕事してすぐにまた出発っす」

「リンさんは、ジャクオンには行ったことありますか?」

「あるっすよ。まあ、小さな街っすからあんまり楽しくないっすけどね。

 でも、美味しいご飯のお店があったっす。時間あったら一緒に行きましょうよ!」


「え!? よろしいのですか! あ、でっでも、えーっと・・・」

「あっ、ごめんっす。ちょっと遠慮がなかったっすね。急に一緒には困るっすよね?」

「ちっ、ちがうのっ! そうじゃなくて、

 ・・・私は、その、ゆ、友人と、その出かけたり、ご飯を食べに行ったことがなくて、その、どうお返事をすればよいのかと」

 ノアは思わず濡れた手のまま髪を触り、落ち着かず、また恥ずかしそうに言った。


「そうなんすね。同じっすね」

「え?」

 リンは布巾を取って、ノアの濡れた髪を拭いた。


「リンも友達がいないんす。

 ここには仲間もいて、団長もいるんすけど。・・・なんていうか、友達はいないっす。もしかしたら、昔はいたかもしれないっすけど」


 そして、リンは手を拭いた。


「あの、もし良かったらっすけど。

 リンと、友達になってくれないっすか?

 あのあの! 嫌なら、全然いいっすけど。

 リンは、その、よく仲間からは怒られたり、えっと、この前もイビキかうるさいって言われて、じゃなくて、んーっと・・・と、とにかく! どうっすかね?」


 リンは、まとまらない言葉を自分で遮り、スッと手を出した。

 その手をノアは見て、リンの目を見た。

 そして、クスッと笑った。


「ええ!? なんで笑うっすか? リン、ヘンなこと言ったっすか? いや、イビキとかは、その忘れてほしいっすけど」


 だが、ノアは徐々に笑みが零れ、さらにリンは困惑しているが、その、差し出された手を軽く握った。


「ありがとうございます。ええ、是非お友達にならせてください」


 リンは、初めは驚いて目を大きくさせたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。


 

 すると、今まさに友情に包まれた世界に割ってはいるように、カーリナが現れた。


「おいおい、お二人さん、お喋りもいいが手も動かしなよ」

「あっ! 団長! すみませんっす」

 リンは慌てて手を離し、また慌て過ぎたせいか、洗い終わり重ねて置いてあったお椀を落としてしまう。

 またリンは謝りながら、落ちたお椀を拾う。ノアもそれを手伝っていると、カーリナが笑いながら言った。


「ははっ、冗談だよ。それより、セイラはその片づけが終わったらすぐに移動の準備をする。お前も働けよ。

 あと、リン、それ終わったらあとで私の所にこい」

 そう言い残し、カーリナは去っていった。


 


 -------


 馬車が一定の調子で車輪を回す。

 その音は、眠気を誘うようで、私に話しかけていたノアは、スッと気を失うように眠った。

 今日も十分に働いたからな。疲れも溜まる。何よりこんな荷台では休まるものも休まらない。

 ジャクオンに着き、少しでも休めれば良いのだが。


 馬車は一定の調子で車輪を回す。

 その音は、眠気を誘うようで、私に話しかけていたノアは、スッと気を失うように眠った。

 

 -- おい、変なことすると、 --- 最初にされちまうぜ ----



 その声に誘われるように、私は隣を見ると木箱だった。

 火薬と鉄の匂いが染みついた、ただの木箱。もう、その匂いにも慣れてしまった。

 ああ、驚いた。木箱からしゃがれた男の声がしたのかと思った。


 馬車は一定の調子で車輪を回す。

 その音は、眠気を誘うようで、私に話しかけていたノアは、スッと気を失うように眠った。


 

 そうだった。

 思い出した。あの男は、前の町で自分の舌を噛んで死んだのだった。

 まるで溺死するように、自分の血で溺れ、赤黒い泡を吹いて、ほら、丁度あそこに染みがあるだろう?

 乾いて、剥がれかけた木目に染み込むもんだから、匂いが残ってさ。


 匂いが残ってな。

 断頭台に頭を押し付けられて、血の残り香が鼻を埋め尽くすようで、私は目を閉じた。

 最後に、あの美しい春の月を思い出そうとした。

 あの、闇夜に浮かぶ月が丸く美しい。

 すると、その月は奇妙な紋様が浮かび出し、見る内に鱗状になって、赤い丸が現れた。

 それはすぐに目だと分かる。

 蛇の目だ。


 鱗の月は、ズルズルと動き、捻り回り、月に闇の隙間が開くと、赤い舌がチロリと伸びた。

 私の元まで鎌首を下げて、その月は白蛇となり、私を見て、穢いな(きたな)と言った。


 馬車は一定の調子で車輪を回す。

 その音は、眠気を誘うようで。

 馬車は一定の調子で車輪を回す。

 馬車は一定の調子で車輪を回す。

 馬車は。


 馬車は一定の調子で私をおかしくさせた。

 敵を殺すことが正義だと教えられた。

 国のためだと言われた。

 皆が口を揃えて、敵を殺せと言った。


 なのに、どうして、私は、悪魔などと言われなければならない。

 ならないのだ!!



 私は木箱に頭を打ちつけた。

 何度も打ちつけて、そして眠るように気を失った。



 

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