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再び、焔



 ある新聞記事からの抜粋


 ガールディア帝国の国王代理には、副官の『キッパー・ジャダン』が任命される。


 キッパー国王代理は、ゴート王暗殺の責をミストリア王国、国王の『バスクド・フィーンデルテ』に求めた。


 (中略)


 ダスクド・フィーンデルテは、現在ガールディア帝国に収監されている。

 また、調べによればミストリア王国側からの証言により、ゴート王暗殺は、ダスクド・フィーンデルテが企てたとのこと。それにより、帝国内からは処刑を求める声が多く出ている。

 しかし、大陸会議の招集がかけられている今、その会議の内容によって状況は二転三転と変わることも予想されるだろう。


 また、逃亡中のノア・フィーンデルテとその従士について、引き続き情報を求む。

 重要な情報提供者には、報酬を出す。



 -------



 ノアは思ったよりも逞しいのだなと思った。ミストリアの城にいた時は、侍女がいて、どこか箱入り娘のような気がしていたのだが。


「ねえっ、フェニ見て! ここなんていいんじゃないかしら」

 そう嬉々とした様子で、ノアは洞穴を指さす。山道を何時間も歩いていたため、どこかで休憩をすることにしたのだが、ノアはなぜか嬉しそうであった。

 平坦ではない道で、歩き続けていたのに、意外にもノアは元気そうだ。

 私は、どれどれと洞穴を見るが、奥は暗くてよく見えなかった。正直、中に獣がいてもおかしくはない。首を横に振り、勧めなかったのだが、ノアはどう見間違えたのか、「決めた!」と言って洞穴へ入っていった。


「うーん。奥は何にも見えないから行かない方が良いかな。よしっ! ご飯にしよっか」

 トナスからもらった包みを開けると、中には麦パンと乾燥肉と、蒸かした芋を潰して固めたものが入っていた。

「ほら、フェニもどうぞ。・・・おいしい?」

 ノアが麦パンを千切って、掌の上から渡してくれた。私はそれをつつきながら食べる。


「ふふ、たくさん食べていいよ。・・・ねえ」


 どうした?


「フェニは、本当は人なの? それとも鳥なの?」


 ・・・・。


「今は、答えられないよね」


 ・・・難しい質問だ。


「あのね。フェニが、あの時私を助けてくれたでしょ?

 でも、今はなんだかそれが夢だったようにも思えて、・・・フェニのこと、知りたいよ」


 私もだ。

 ・・・私も、ノアと話したい。

 しかし、どうすればよいのか、わからないんだ。


「・・・」


 ・・・


 その後、互いに沈黙のまま、食事を続けた。



 -------


「ねえ、火の起こし方ってわかる?」

 ノアの手には木の板や小枝や枯れ葉などがある。

 夕方に差し掛かり、陽が落ち始めるとグッと気温が低く感じる。洞穴で日陰のせいでもあるのだろう。暖をとるために火を起こすことにしてみたのだが、ノアはうろ覚えの知識で、なんとなく必要そうな物を近くから集めてきた。


 火起こしは、この洞穴だと着きづらいな。少し空気が湿っている。

 火打石があれば簡単だが、無ければ木の板に枝を当てがって、摩擦熱で火をつけるやり方はあるけれど、おそらく慣れていないと難しい。


 そう、伝えたかったのだが、鳥の囀りと羽のバタつきでは、どうやっても伝わらない。

「あっ! ついたよ!」


 なにっ!!


 見ると、屈み込むノアの足元に小さな火が灯っていた。

 

 ・・・ノアは、意外と逞しいな。


 二人で火を見つめながら、暖をとっていると、ノアは、ウトウトと瞼を重たそうにしていた。思えば、昨日から休まずにここまで歩いてきたのだから。

 ノアはガクっと首が落ちそうになりすぐに顔を上げた。

「うーん・・・、早く駅に行かないとね・・・。あー、んー・・」

 ノアは無理やりに体を起こそうとしたけど、やはり疲労は一杯に溜まっていたようで、壁に背中を預けて、そのまま眠ってしまった。

 体を冷やさぬよう、私は嘴で落ちていた枯れ葉を火にあてがった。


 

 -------



 枝の割れる音が聞こえたかと思うと、それは寒気となって体を過った。

 それは遠くから鳴ったものだと気づいた時には、私のなかで、警鐘に変わった。

 洞穴の奥、それは枝を踏み割った音だった。

 

 なにか、いる。


 姿は奥の暗闇に紛れて見えないが、確実にそれはいて、こちらに近づいているように思えた。。

 

 人ではない。獣だ。

 私はすぐにノアの足をつついた。鳴き声で騒ぎ起こすことは、危険だと思いできなかった。

 ノアは眠ったまま、起きる気配がない。

 パキッと、また枝の割れる音がして、荒い息が獣の匂いと一緒に近くなる。


 考えろと自分に告げながら、焦るなと言い聞かせる。ノアの足を力強くつつく。

 唸り声が、洞穴の壁に反響した。


「ん、うっんん。・・フェニ?」

 と、ここでようやくノアが起きた。私は勢いよく声をあげた。笛の音のように響かせて、ここは危険であること、早く逃げた方がよいこと、それを伝えるための警笛になろうとした。


 グルルル、と唸る鳴き声、地面を踏み締める足音は、その獣の大きさを表していた。

 それは、熊であった。

 暗闇にギロリと眼を光らせて、歯茎を晒し、獰猛な牙の隙間から唾液が滴る。


「フェニ? なに!?」

 ノアはようやく覚醒したのか、状況を理解したようで、咄嗟に火の着いた木板を両手で掴み上げた。

 思わずしてしまった行動ではあったが、熊は火に怯えを見せて後ろに、にじり下がる。

「フェニ! こっち、早く!」

 ノアは木板を熊に向けて投げつけると、私を掬い持ち、急いで洞穴を出ようとした。

「・・・うそ」


 洞穴の入り口には、もう一頭の熊がいた。それは、中にいるものより一回り以上に大きく、おそらく親熊だった。肩甲骨から隆起する脂肪と筋肉、鋭い爪と牙は太く、首をグルンと回すと、雄叫びを上げた。

 獣の咆哮が反響する。



 護らなければ。


 ノアを護らなければ。

 

 私は、手から飛び降りていた。

 それは考えて、策がある行動ではない。体が勝手に動いたのだ。

 目の前の巨大な親熊は、最早見上げることもできないくらいで、怪物と同じだ。しかし、臆するものは何もなかった。


「フェニだめよ! 戻って!」


 だが、私は止まらなかった。

 不格好な羽ばたきは、飛ぶとは言えないもので、私のそれは、愚直にただぶつかる体当たりであった。

 顔をめがけ、羽を動かし、舞い上がり、自由には飛べず、届かず、丸太のような剛腕が振り下ろされて、ふき飛ばされた。

 体の内側から、破裂音がして、意識は毛の先ほど細くなり、今にも断たれそうになる。

 ノアは私を叫び呼んでいるのだが、何も聞こえず、地面に叩きつけられ、弾け転がった。


 ノア、ノア、・・・ノア。


 自分の腹と羽が痙攣している。内臓が潰れたのだろう。口の端から血がベトリ溢れ、その血で体が浸されていく。


 あれ? 熱い。


 熱かった。

 体が、燃えていた。

 ・・・ああ、そうか。あの焚き火の残り火に焼かれているのか。

 頭の中がプツプツと音を立てる。


 後悔の念すら抱けないほど、愚かな私を燃やしているのだろう。




 目を開けた時、私の体はフェニではなく、人であった。

「また、・・・フェニが、人に」

 その声は、ノアの声だ。

 壁に背をつけてへたり込んでいた。

 親熊は、動きを止めた。威嚇する眼光と剥き出す牙はそのままだが、どこか躊躇するように、様子を見ているようだった。


 私は、剣を抜いた。

 やはり、汚れた刃の崩れた私の剣だ。

 親熊は咆哮し、突進して爪を立て腕を振り上げた。


「フェニ!!」


 心配はいらないよ。

 過去に、私は敵国の獣騎兵隊と戦ったことがある。その時は熊に乗った蛮族であった。

 確か、どうやって殺したのだったか・・・。


 親熊の腕が振り下ろされる。

 懐に体を滑り込ませると下顎に剣を突き刺した。

 痛みに上体を仰け反らせて首を振るう。突き刺さりが甘く、致命傷にはならなかった。と、背後からもう一頭の熊が襲いかかってきた。牙を突き立て噛み砕こうと大口を開けている。

 剣を引き抜き、その大口に刺した。力を込めて体重をかける。肉を突き破るような感触と同時に、口から粘り気のある血がドロドロと吐き出した。剣を抜くとゴポっと血がさらに溢れ、痛みに体を捻りのたうち回る。

 すぐに振り返り、構える。

 親熊は、ジリジリと後ろに下がる。そこに、先ほどまでの凶暴な様相はなく、むしろ怯えているようだった。


 私は一つ、近づく。

 思い切り剣を振り下ろした。

 脳天に刃がめり込み、地に伏した。

 ピクピクと震えていたので、頸動脈を刺し切った。噴水状に血が飛び散り、動かなくなった。


 洞穴の中が、血と湿気の匂いが充満して、焚き火は気づけば消えていたのだった。


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