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ここ先と当てに求めて



 家の片づけを終えた頃には、日はすっかりと沈み、あと一息で夜になる薄暗さになった。


 ノアは少し疲れたのかそっと息を吐いた。兵士たちに荒らされ、倒れた棚や散らばったガラス片などは、完全にではないがなんとか元通りになった。

 ノアは今、温めた茶をコップに注いでいる。それを盆にのせて、トナスが横になっている寝室へ運んでいった。私はノアの肩に掴まって、一緒になって部屋に入った。

 トナスはベッドで眠っていた。仰向けで、寝息を立てている。部屋にはあまり物はなく、ベッドと棚と小さな丸テーブルだけだった。

 テーブルに盆を置いた。布団から腕がはみ出ていたので、ノアは起こさぬよう静かに布団の中に腕を入れ直してあげた。

 規則正しい寝息の中に、呻く声が混ざる。やはり、打ちつけた腰が痛むのだろう。私はそれをじっと見ていた。


「・・・ごめんなさい。トナスさん、私がここへ来たばかりに」

 私はその横顔を見なかった。



 先ほど、ノアが片づけをしていた時に床に落ちた写真立てを拾い上げた。その写真はガラスにヒビが入り、丁度、顔の所が細かいジグザグとした線で見えづらい。

 写真立ての裏に日付と名前が記されている。


 『××.××月×日 リアーナ ~最愛の人』


 トナスの亡くなった妻の写真か。


「綺麗な人ね。・・・でも、写真が・・・」

 ノアは静かに写真立てを置いた。




 -------


「さて、フェニ、行きましょうか」

 

 夜が明けきらない薄暗い靄がかかる早朝、ノアは包みを持ち、家に向かって一度、礼をすると、顔を上げ歩きだした。

 これから先は、当てのない逃避行だ。


 家を出る前、ノアはこれ以上、迷惑をかける前に早くここを出ようと言った。

 この家を早々に出ることには賛成だ。だが、どこへ行き、どこへ逃げるというのだろうか。できれば、兎に角、遠くへ行きたいが。


「私ね、ミストリアに戻ってみようと思うの」

 

 それは、・・・賛成しかねる。


 ミストリア王国へ行く。ノアの国へ戻る。

 その選択は、恐らく不幸を生みかねない。それに、ミストリアまでの道なりは困難なものになるだろう。この無力な鳥の私では、護ることは難しい。

 

 ・・・だが、約束は続くのだ。


 ノアを止めることは、できない。



 -------


 山道は思ったよりも緩やかな勾配だった。段差や凹凸の激しい所もありつつ、気をつければ歩けない道でもなかった。


 この山は、人の出入りのあるものなのだろうな。


 ノアは一度止まると、包みから紙を取り出した。薄く明らんできた空を頼りに、紙を傾けて目を凝らして見ている。

「えっと、ガールディア駅は北東方向だから。うーん、・・・こうやってグルってまわってこう、駅の後ろから入れると思うのよね」

 ノアは地図上を指でなぞり自分なりにルートをさらっているが、肩にとまり一緒に見ている私からは、その安直さに不安を覚えた。

 ノアが持つ手描きの地図は、トナスがくれた物であった。あの兵士たちが来る前に、道を訊ねるとこれをもらったのだ。

 ガールディアの地形が描かれていて、少し古いものではあるが、迷うことはないとトナスは話していた。

 しかし、トナスもまさかこんな山道から行くとは思っていなかっただろう。果たしてノアの言うとおりに歩いて、本当にたどり着くのかは、分からなかった。

 だが、私にできることは信じることしかない。国の土地勘もなければ、力もないのだから。



 私は無意識に顔を俯かせていると、ノアはそれに気付き「大丈夫よ。きっと大丈夫」と明るく言った。

 ノアは地図を折り畳み、先を進んだ。



 -------

 -----

 ---



 トナスが目を覚ました時には、部屋の窓から朝日が差し込んでいた。一瞬、入り込む光に自分が目を開けているのか分からなかったが、思い出したように、ジワジワと痛む腰に顔をしかめた。

 ぼやけていた目がなれて、ずりずり腰を労りながらとゆっくりベッドから体を起こした。ベッドの縁に座りながら、ふと、テーブルに置いてあるコップに気がついた。


「・・・はて、置いたか?」

 コップに手を伸ばすとさらに、横に添えられていた手紙と、銀の腕輪が置かれてあった。どれもトナスにとって身に覚えがなかった。

 一先ずコップを持つと、それは冷えた茶であった。そこでようやく、ノアと、フェニと呼ばれる小鳥のことを思い出した。


「おお、そうだ。すっかり眠ってしまった。いかん、あの、セイラ・・・、いや、ノア王女か」


 自室の外は静かで、物音一つなかった。

 まだ眠っているのかと思ったが、すぐに、何か思い当たりテーブルの手紙を手にとった。

 その手紙には、綺麗な字でつづられていた。


 ---


 トナス様へ


 まず、申し訳ありません。

 私がここへ来なければ、トナスさんが怪我をされることはありませんでした。

 本当に、ごめんなさい。

 でも、トナスさんに会えたこと、私は忘れません。

 せめてものお詫びとして腕輪をお渡しします。売れば少しはお金になると思います。こんなお礼しかできないけど、どうか受けとってください。


 どうか、お体を大切にしてください。


 ノア・フイーンデルテより


 追伸 名前、嘘ついてごめんなさい


 ---


 手紙を読み終えると、トナスは深く息を吐いた。なんとも言葉にしづらい感情がのしかかるようだった。手紙に書いてあった腕輪を手にとる。

「若い娘が変に気をつかって、・・・まだ子どもだろうに。・・・ん? これは、・・・そうか」

 それは簡素な銀の腕輪ではあるが、トナスはそれの似た物を知っている。

 今では遠い遠い過去にあった、大切なかけがえのない思い出。最愛のリアーナに永久の愛を誓い、渡した婚約の腕輪だ。

「これが、あの子が持っているということは、・・・あの噂は本当なのかもしれんな」


 ガールディア帝国では何年も前から囁かれる噂があった。ゴート王は、子ができず、自分の血が途絶えるのを恐れて沢山の女を妾にしている。老齢の王は過ぎていく栄華と色欲の幻想を追いかている。

 

 トナスは、冷たくなった茶をすすり、俯いた。



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