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本当に久しぶりの会話



 老人は『トナス』という名で、森の奥にポツンと建てられた小さな家に暮らしている。元は夫婦で暮らしていたのだが、二年前に妻を病気で亡くした。子もおらず、今は一人で暮らしている。

 トナスはここで猟師をしながら自給自足の生活をしている。人が森の奥までやってくることは滅多にない。

 そうやって、トナスは次々に自分のことを話した。壁にかけられた鹿の角を指差し、自分が狩った時のことや腰を痛めたせいで薪割りが大変だという話など、まるで言葉は尽きないが、嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「久しぶりに誰かと話す。話が止まらんなあ。いや、すまん。俺ばかり話しちまって。あーほら、まだまだ食っていいぞ」

 丸い木の卓上には、ズラリと食べ物が並んでいる。二人分とは思えない量だった。ちなみに私の前には乾いたパン屑が小皿に山盛りに積まれている。


「ふふっ、ありがとうございます。とても美味しいです!」

「はあ、しっかし()()()さんは、上品だなあ。食べ方も話し方も・・・。ああっ、すまんすまん。ジロジロ見るつもりはないんだ。ただあ、どっかのお嬢様みたいだなって思ったんだよ」

 ノアは取りかけたカップの手を止めて、一瞬黙った。そしてチラリと私に短く視線を向ける。

 

 セイラ?

 私は首を傾げる。

 ノアはすぐに笑みを作り「そんなことはないですよ。でも、そう言ってもらえて嬉しいです」と落ち着いて言葉を返し、カップを手にとった。

 その様子に、すぐに名を偽ったことに気がついた。私がここへ来て気を失っている間にも、ノアとトナスのなかでやりとりはあったのだろう。


 私が最後に憶えているのは、辛うじて逃げた先に見えた小さな家の灯り、早口で叫ぶノアの声と駆け寄ってきたトナスの姿だった。

 夢の崩壊のような狭まる視界。

「フェニ! 大丈夫!? ほら掴まって、しっかり!」

 懸命に私の腕を肩に担ごうとするノアの横顔が薄れていったのだ。


 しかし、なぜ私は今、また鳥の、フェニの姿になっているのだろうか?

 目が覚めた時には、体は鳥になり、身につけていた物もなくなっていた。

 そして、思えば私が過去の、人間だった時の姿に戻ったことは、あれはどういうことだったのだろうか?

 炎に焼かれ、心身が灰になった後に声が聞こえたんだ。

 【---機会を与える】

 今はもうぼんやりとした記憶になっている。そんな曖昧な声に、私は求めたから、・・・機会を得たのか?

 ノアを助けるための力を得たということなのか。



 

 朝食を終えたあと、ノアは「手伝います!」と言って食器を炊事場へ運んでいった。

「そんなの置いといていいよ。ゆっくり寛いでくれ」


「いいえっ! トナスさんとっても良くしてくれました。寝る場所やご飯だけじゃなくて、着るものとか、色々としてもらいましたので、・・・できること、させてください!」

 ノアは裾を捲りグッと力強く両手を握る。そんな気迫十分に食器を洗い始めたのだが・・・。


「ひゃっ!」

 すぐにガシャンと嫌な音がした。

 卓上から見えるのは、両手を中途半端に上げて固まっているノアの背中と、足元の割れた皿だった。

 怪我はないかと、卓上を跳ねていると、ノアはゆっくりと振り返り、「ご、ごめんなさい」と目と眉を下げている。

 

 見たところ怪我はなさそうで安心したが、よくよく考えればノアが家事をしているのを見たことがなかったな。

 

 トナスはそれを快活に笑いながら「気にするな」と言って、ノアの元へ行く。

「おいおい、その綺麗な手、怪我しちまう。俺がやるからいいよ」

「いっいえ! 私が割ってしまったのに、私が片付けますから!」

 ノアは急いでしゃがみ込み、割れた皿を一枚拾うと、動きを止めた。その様子にトナスも気づいたのか「どうした?」と声をかける。

 

「・・・どうして、こんな親切にしてくださるのでしょうか?」


「ん?」


 その、ノアの声色から気持ちを振り絞った言葉なのだと伝わった。


「トナスさんには、私たちは見ず知らずで、自分で言うのもおかしいかもしれませんが、怪しかったと思います。それなのに、なぜこんなにも親切に、なぜ何も聞かないのですか?」


 トナスは黙ったままで、ノアは慌てて頭を下げた。

「あっ、申し訳ありません。無礼でしたね・・・」

 

「いんや、・・・まあ、なんだ」

 渇れた声がゆっくりと開いた。

「お前さんといた騎士さんがな、真剣だったからかなあ」

 ノアは顔を上げた。

「騎士さんがほら、ずっと『守る』て言ってて、俺も昔、国の兵士だったから分かるんだよ。その、なんというか、それで、・・・うまく言えねえ。

 とにかく! なんか触れた気がしてな。

 何か事情はあるんだろうけど悪い奴じゃないって思ったんだよ」


 トナスは「理由になってないな」と言って頭を掻き、少し顔を赤くした。目を細め笑うと、目尻に皺が寄って、そこで気がついた。老年の皺の深さに隠れて、傷があることにだ。

 彼もまた戦ってきた人間なのだろう。


「まあ、人間は偶然でも運命でも人と出会っちまうもんだ。それが良いものか悪いものかなんて、死ぬ時にしか分からんよ。だったら、どんな出会いの仕方でも気持ちよく迎えたいじゃねえか! うむ、それだ!」

 トナスは自分の答えに満足したのか、、腕を組み大きく頷いてニヤリと口角を上げた。


 ノアは釣られて笑った。


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