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彼方へと逃げるその旅よ



 ある新聞記事より抜粋


 『ガールディア帝国 ゴート国王暗殺』


 ガールディア帝国の国王である『ゴート・バグマード』がミストリア王国の王女『ノア・フィーンデルテ』とその従士と思われる者によって殺された。

 また、被害は国王の死のみに留まらず、城は半焼、また強兵国家と名高いガールディア帝国兵士も多数の死傷者が出た。


 (中略)

 現状、フィノーバー大陸を治める主の四ヶ国の一つであるガールディア帝国がこのような甚大な被害を受けたことは、延いては大陸の均衡にも関わる。早急な建て直しが求められよう。



 -------


 

「おお、起きていたか。おや? その鳥は?」

 

 老人は不思議そうに私を見て、そしてノアを見た。

「あっ、えっと。私の飼っている子です。あの、フェニと言います」


「おおそうか。可愛らしい鳥だ。・・・しかし、昨日の夜、一緒にいた騎士さんはどこへ行ったのだい?」


「え? ええ、その、・・いっ今は少し外に出ています。しばらくすれば戻ります」


「そうかそうか。いやな、飯の仕度ができたんだ。よかったら降りて食わんかね」


 その老人の言葉から、確かに温かくて食欲をそそる匂いがしていた。


「ありがとうございます。お部屋を貸していただくばかりか、ご飯まで・・・。なんと御礼をすればよいのでしょう」


 ノアは申し訳なさそうに頭を下げたので、私も釣られて首を傾けた。そんな我々に老人は笑みを浮かべ、目を細めた。

「なあに、気にすることはない。気楽な老いぼれの隠居暮らしに、珍しい客人だ。ゆっくりしなさい」

 そう言って、階段を降りていった。



 老人の足音が聞こえなくなったあと、ノアは私を掌に乗せて顔に寄せた。

「はあ、・・・優しい方で本当によかった。見ず知らずでしかも、あんな身なりの私たちに訳も聞かずよくしてくれるなんて」

 安堵の息を吐きながら、すぐにまた私に語りかける。


「ねえフェニ? 昨日のこと、だけど。あれは夢? ・・・いえ、現実だよね。あなたは、・・・私を守ってくれた。鳥だったあなたは騎士になって、ゴート王を・・・」


 ノアは言葉を探すようで、そして言いたくなさそうに、俯いた。

 ざわついた不安と恐怖を思い出したのか、あの夜の時と同じく、手が震えていた。




 - 昨夜のガールディア城 -


 煮えたぎる湯のように口から泡と一緒に血を吹き溢し、ゴート王は白目を向いて倒れている。

 私は跪き、じっとノアを見つめる。申し訳なくて頭を下げようとした時、跪く私の頬にゆっくりと手が近づいた。

 血に濡れたノアの手は、震えていた。


 私に怯えているのかもしれない。

 それでも、私は躊躇いながらそっと手をとった。


 部屋に火が広がる。火花が混ざる黒煙が満たそうとしていた。


「フェニ? あなた、フェニなの?」

「・・・ああ」


 あれほど自分の囀ずりに落胆していたはずなのに、あれほど伝えたいともどかしく思っていたのに、そんな短い肯定しか出なかった。

 

 そんな止まった空間を打ち消したのは駆けつけたガールディアの衛兵であった。

「っ! これ、は、いったいどういうことだっ!! ゴート国王っ!?」

 動き出した時間と共に頭の中で血が巡る。

 私はそこでようやく自分の手を見た。

 翼ではない。私が私だった時の腕だ。右肩に触れ、辺りを見回す。どの視界も音の聞こえも、口の渇きも、匂いの味わいも、全て感覚は懐かしいものだった。


 そして、どこか哀しいのだな。


 駆けつけた衛兵は大声を上げた。それに、ハッと息を整える。

 私はノアの手をもう一度とり立ち上がる。


「私が、ノアを護る。ここから、逃げよう」

 ノアの大きく開いた瞳に、汚ならしい兜を被る私が映る。思わず目を瞑った。

 

「お願い。フェニ、助けて」


 私は鞘から剣を引き抜いた。

 慌ただしく重なった金属の連弾は、人の多さを表していた。ぞろぞろとやって来た数人の中で一人が「捕らえよ!」と私を指し示すと、剣を構えて近づいてくる。

 

 不思議にも、それを私はどこかで見た気がした。過去に、こんな戦いがあったなと想起された。

 だから、私は無意識に剣を横振りに薙ぎ払っていた。

 ゴキンっという鈍い音と一緒に首のへし折れた兵士が倒れた。

 私の剣だ。過去の馴染みのまま、手入れなどする間もなく使い続けた剣だ。刃は崩れ、鍔は欠け、柄に巻かれた革布は破けているみすぼらしい私の武器だ。


 脳が冷めていく。

「ノア、さがって」

 目の前に数人の兵士らがいて武器を構えている。今の一振りを見て何を思ったのかは分からないが、部屋中の気が張りつめた。

 誰かの咆哮が合図だった。呼応しあいながら乱雑な剣が襲いかかる。


 私は振り下ろす敵の手首を斬り上げる。その衝撃で剣は宙を回った。すかさず相手の喉を突き刺す。

 血飛沫にまみれて一人が崩れ落ちる間に斜め前から切先を向けて突進がくる。

 それを半身の構えで上体を反らし避け、その奥にいる動き出しそうな一人に剣を投げた。

 投げた剣は眼球にめり込み、悲痛な叫びにまみれて踞る。

 宙で回る剣をそのまま掴み、目の前の一人の首をはねた。


「うっぐぅ、・・・くう」

 その悲痛な声と共に潰れた眼球から薄く赤黒い涙を流している。

「その剣、返してくれ」

 突き刺さる剣を引き抜いた。

 

 そう、叫ばなくても。

 

 絶叫に混ざりながら、兵士は慌て乱れる足を懸命に動かして部屋を出ていった。

 これで終わりだとは思わなかったが、一先ずは邪魔を払えたか。しかし、悠長にはできない。


「ノア、行くぞ」

 私は手を取ると部屋を出た。




「追えっ! 追うんだ!!」

「おい! あっちだぞ! 囲め、囲めばどうってことはない!」

「いいかっ! 必ず殺せ。ガールディアの威信にかけてっ!」


 城を抜けるまでに何人かを叩きつけ、城を出てから何人かを斬りつけ、血と肉片を体に浴び、骨を砕き、しかし、それでも、どこからも追われ、どこからも斬りかかってくる。

 

 破裂音が鳴り止まない。

 これでは、戦争ではないか。

 これは、戦争だよ。


 首の後ろで波の音が体温を奪いにやってきた。


 そうだ。そうだよ。

 全て殺さなければ終わらないのだ。

 殺さなければならないのだ。

 決して止まらない。たとえ死体に足が絡まろうとも、目に血が入ろうとも、動くことを止めなければ、明日が待っているのだから!

 

 振り返り、ノアの顔を見た。

 必死な瞳がそこにはあった。

 兜に隠れた裏側で、私は笑みを浮かべた。大丈夫だと、伝えるために。

 

 全てを差し置いても、何を犠牲にしても、波状に襲いかかるものを、私か壊し続けるから、大丈夫だよ。


 そうして、私とノアは城を抜けて街を離れ逃げたのだった。

 行く当てもなく走り続け、気づけば森に入っていた。早く安全な所へと進んでいた時、この家を見つけたのだった。



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