そして、焔と成る
「ゴート王、どうされましたか」
扉が開く。そこには兵士がいて、おそらくノアの悲鳴を聞いて駆けつけたのだろう。
暖炉の前に息を切らして肩を上下させるゴート王と、へたり込み涙を静かに流すノアの姿だけであった。
ゴート王はギロリと兵士を睨む。何も言わず、いや、何も言わせるなとその眼が吐いていた。
「失礼しました」
兵士は静かに扉を閉めた。
そこまでは、まだ私は見ることができた。毛と肉が焼かれ、体内の血と水分が蒸発しながら、バチバチと内側から弾ける音がする。辛うじて開いた瞳が、揺らめく焔の奥に、一瞬のノアの姿を見た。
そして、無力な私は何も見えなくなる。
だが、声が、微かに、きこえ、た。
「はっ、ははっ。・・・時間がない。早く、早くこさえるぞっ」
「フェニ、・・・ごめんね。・・ごめんね」
それは、なんら不純の一切がない湖に、一本の針を落としたように、私のなかに波紋が広がる。
ああ、もう声も聞こえない。
大丈夫よ
フェニ、何も怖くないからね
自分を傷つけてはいけないのよ
ふふ、大丈夫
きっと飛べるようになるからね
だからね
私の分まで
空を飛んでね・・・
声が染みる。
ノアの言葉に浸りながら、静かに終えようとしている。
私の命が糸のようであったなら、今、この瞬間にも断ち切れてしまうのだろう。
もうすぐだ。
今にも千切れてしまう。
死んでも良いと思っていた。
鳥に、・・・フェニと名付けられた鳥になる前の私は、いつ死んでも良かった人生だったのだ。そうとしか思えない生き方をしていた。だから私はあの日の処刑も受け入れて、ある意味救われたのだから。
死んでも良いと、思っていたのに・・・。
生きたい。
初めて強く思った。
生きたい。死にたくない。
ノアを助けたい。
助けたい。
私が、助けたい。
私が護りたい。
【クカカっ、お前は穢いな】
誰だ?
【クカカ、私が誰かなど、どうでもよいだろう。まあ、神でも悪魔でも、なんとでも思えばよい】
神、悪魔・・・。
【お前に、機会を与えよう】
なに?
【人の罪を流せ、穢れを流せ、罪を赦し、流すのなら、お前に機会を与える】
・・・機会?
【あの娘を救う機会だ】
ノア・・・、ノアを救えるのか?
【クカカ、知るか。我は機会を与えるだけだ。救えるかは、お前次第。お前をあの穢れた荒野にいた時の姿に戻してやるだけだ。・・・さあ、どうする?】
私が・・・、ノアを、護る。
【クカカ、お前はやはり話を聞かないな。思ったとおり、自分の都合の良いことだけしか聞かない。まあ、だからこそ相応しい。だからこそ選んだ。だからこそ、愉快なのだ】
私が、護る!!
自身の燃える体と意識が完全に乖離した時、赤い花と赤い羽と赤い鱗が体に巻きついた。その赤は、私の血のようで、炎のようであった。
神の加護か、悪魔の呪いなのか、本来ではありえない感触が私を構成していく。
かつての、私の姿になっていく。
赤黒く所々錆びた兜、傷だらけのスケイルメイル。腰元に差した荒い継ぎ接ぎだらけの鞘、ほつれた柄を握り、鞘から抜いた鍔の先に伸びる刃崩れした剣が、暖炉の火に揺れて反射した。
狭まった不自由な視界に懐かしさと哀しみが複雑に混ざり合い、遅れてその場の声が届いた。
「っなあんだ!? きっ貴様、ど、どこから沸いて出たあっ!」
狼狽するゴート王の足元に、ノアが仰向けに倒れていた。その潤んだ瞳と目が合った。
私はゆっくりと、迷わずにノアの元へ近づく。
自分の背の方で火の手が大きくなっている。暖炉の薪がこぼれ、床に燃え移る。
「儂を殺す気かあっ! ふっ、はっ早く、儂は子をこさえなければっ、ならないのに! おいっ!! 衛兵っ! 衛兵!!」
私は剣を振り上げた。
「・・・フェニ?」
ノアの瞳に橙色の炎が揺れて見えた。
「ノアは、私が、・・・護る」
剣の切っ先をゴート王に向け、叫ぶ喉に突き刺した。
噴き出した血が汚い赤い花のように咲いて、ノアに降りかかった。
私はそれが申し訳なくて、跪いて謝罪した。




