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焔へ行く前 3



 ある国で語られる英雄譚


 昔、とある国にいた英雄の話だ。

 残虐非道と言われる緋色の悪魔は、無数の民を殺し、数多の兵士を屠り、国は焼け果てかけていた。

 その時、英雄が現れた。

 崩壊に進む国と民を救うため、積み重なった怨嗟を断ち切るため、緋色の悪魔と戦い、討ちとったのだ。

 光に導かれ、英雄は光の騎士となった。


 


 -------


 うとうとしていた所で、柱時計が何時かを知らせる音が響いた。真下に身を潜めていて、また急に鳴るものだから私は驚いて体をびくつかせた。

 日が暮れきった部屋は薄暗かった。


 ノアは、まだ戻ってきていないようだ。

 すると部屋の扉が開いた。

 装いから、この城の召使いのようだ。部屋内の何か仕度をしているのか、ベッド周りを整えていたり、物を配置したりしている。

 不意に甘く酸味のある匂いがした。すぐにお香なのだとわかった。


 ノアは、大丈夫なのだろうか。

 言い様のない不安が頭の中を渦巻いていた。



 再び時が進み柱時計が鳴った。

 それに合わせたように、扉が開くと部屋に橙色の明かりが灯った。ノアが戻ってきた。静かに戸を閉めて真っ直ぐに私の元へ来て屈み、掌を隙間に差し出した。

 手首には、銀の腕輪が巻かれていた。

 明かりのせいか、腕輪の中に淡く火が灯っているように見えた。


「お待たせしてごめんね。フェニ、良い子にしていたのね。さあ、パンを少し持ってきたの。一緒に食べましょう」

 そう言ったノアの顔を見て一息つく自分がいた。

 服の裾からパンが出てきた。小麦の香りが思ったほどしなかった。

「それにしても、この部屋、なんだか香りが強いね。何のお香だろう。・・・あまり、好みじゃないな」

 小さくちぎられたパンを啄んだ。

 



 それは、唐突なものだった。


 いや、今の私の中にある動物的勘は、どこか確信めいた嫌な予兆だ。だからこそ、そのノックの音は、へばりついた粘液のように聞こえた。

 ノアはすぐに私を服の中に隠すと、扉の向こうへ返事をした。

 扉の開く音、ノアの体が一瞬、震えた。


「・・・ゴート様、どういたしましたか?」

 ノアが恐る恐る言葉にする。それは、怯えだ。


「何を? 言ったであろう。・・・儂には、時間がないのだ」

 その、しゃがれた声は乾いている。

「え? あの・・・」

 ノアの困惑は、置き去りにされ、私から姿は見えないはずなのに、その雰囲気はどこか逸しているように感じた。


「こさえ、・・・なければ」

 声は乾いているのに、不快に濡れている。

 ノアは立ち上がり、同時に重たい足音がズンズンと近づく。瞬時にノアの体温が引いてく。


「きゃっ!」


 短い悲鳴と共にガタンと揺れた。私の体が服の中でグルンと回る。前に強く引っ張られたみたいになる。

 だが、それよりも、私の心がざわついた。


「こさえなければ、こさえなければ、こさえなければっ!!」


 ブツブツと呟いているはずなのに、耳にへばりつくような陰惨さが不気味だった。


 何が起きている!

 いったい何が起こっているのだ!


「お止めください! ゴート様、いや! 離してください!」


 ノアの悲鳴の拒否は、何も力を持たないのか。理不尽に状況は進むのだ。

 また私は服の中で体が急に振られた。衣と肌の間で頭がクラクラする。


「黙れ! お前も分かっているのだろう。この婚約とは、こういうことなのだ。お前は国の担い手だ。儂はガールディアの王だ! だからこそ私と結ばれたのだ!

 だからこそ、お前は儂の子を産むのだ!」


 何を言っている?

 婚約? 子を、産む?

 誰が産む?


 意味の分からない言葉が巡り、しかしそれをノアの悲鳴が引き裂いた。

 服越しからも荒い息が伝わる。


「やめ、や、やめてください。おやめください」

「うるさい! これがお前の運命だろう。お前の価値だろう! 抗うな! 受け入れろ!」



 ああ、私は、今、憤怒しているのか。

 


 ノアの服は力強く剥かれ、激しく動かす両腕は、さらに強い力で封じられ、体から力が徐々に、すうっと抜けていく。



 体が震えるのだ。


「こさえなければ、こさえなければ・・・」


 私は鳴いた。

 いや、私は鳴いてはいない。

 叫んだのだ!!


 醜い下衆めっ! その汚い手をすぐに離せ! 


 私は羽を振り上げた。

 いや、私の右腕だ。

 剣を振り上げたのだ!!


「・・・ん? なんの鳴き声だ、この、鳥っ!?

なんだ、なんだこれは、・・・おいっ! まさかお前、・・そうか、私を、お前も私の命を狙っているのか!? そうだろうっ!!」


 私の体は掴まれ、そこでやっと、このゴート王という男の顔が目の前に見た。

 しゃがれた声の通りの、老年の男であった。


「フェニ! ちがいます! この子は、私のっ」

「うるさい! 黙れっ! 小癪な娘だ。儂を、騙して、これ滑稽だと腹で笑っていたか!! どうせ、お前の親父も娘を利用すれば乗っ取れると謀っているのだろう!?」


 ノアの手を振りほどき、突き放す。

 不快な手に握られ、私は嘴を突き立てた。しかし、何も感じていない。いや、それを気にすることもできないくらいにゴート王は憤り、顔を赤くしている。

 ゴート王は、また「ふざけるな」と言い、暖炉の前まで歩きだした。


「っな、なにを、・・・や、やめてっ!」


 ノアが慌てて追いかけ、取り返そうとゴート王の腰にすがりつく。

 だが、ゴート王は何も耳に届いていないのか、腕を振り上げて、私を、躊躇いもなく暖炉の火に投げ入れた。


 ノアの、悲鳴が部屋に響いた。



 【お前の穢れを流そう。お前の罪を流そう。人の罪を流そう】


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