もうお前は国外追放じゃ生温い! 惑星追放だ!
「パヤ・カリーナ令嬢! そなたを国外追放の刑に処す!」
堂々と宣言したのはこの国の王太子である黒髪の美青年ケイ・メーンだ。
白い肌を怒りで真っ赤に染め、こめかみに青筋を立てている彼は目の前の令嬢を無礼にも指さしている。とはいえそれを見守る周囲は王子のあまりの怒りように息を飲むばかりで、それを咎めようとはしなかった。当のパヤ・カリーナ男爵令嬢もまた、そんな王子を責めるようなことはしないが、代わりに涙で目を潤ませると必死に「そんな! 私が何をしたっていうんですか!」と反論してみせる。
「私はただ、王子に恋のおまじないをかけようと思って王子の髪や爪を集めたり」
現在、カリーナ男爵家の屋敷からは確認できるだけで数百体ものケイ王子人形が見つかっている。その全てに王子の毛髪や爪が使われていると気がついた衛兵は自分の立場も忘れ、思わず悲鳴をあげたという。
「ケイ様のことをもっとよく知りたくて、王子の私物を漁ったり王家秘蔵の文書を熟読したり」
王城に出没する謎の盗賊。その対策のため警備費用は例年の三倍以上になったが、それでもパヤは王城に侵入し続けた。その手腕は貴族たちの間で「逆にすごくね?」「もう王城の警備指南とかしてもらった方がいいんじゃないかな」などと囁かれているが、それはケイ王子の知るところではない。
「舞踏会で一緒に踊ってもらいたくて、会場の入り口にいた騎士の皆さんにちょっと眠ってもらったり」
謎の美少女から差し出された酒を呷り、ぐうぐう眠りこけてしまった騎士たちは全員、謹慎処分を受けている。唯一、王子の傍らに控えているゲハ・カミナーシは「祖父が酔った勢いで当時の宰相のカツラを叩き落として以来、仕事中は何があっても絶対に酒を飲まないと決めている」と公言して憚らない。もちろん、それを今後も継続するつもりのようである。
「ケイ様に近づく害虫を排除するため暗殺者を百人雇ったり、その暗殺者の数が多すぎて軽いデスゲーム状態になったり」
捕縛された殺し屋の一人は、「もうターゲットが誰なのかわからなくなって途中で逃げ出そうと思った。でも同業者の数が多すぎてそれすら難しくて、もう本当に死ぬかと思った」と供述しているらしい。
「それのどこが悪いことなんですか!」
「全部じゃボケ!」
パヤの言い分に、自らの立場も忘れて声を荒げるケイ王子。それを宥めるのは証人も兼ねているゲハと、パヤに命を狙われかけていた公爵令嬢イーナ・ツヨだった。
「落ち着いてください、殿下。我が国は死刑・終身刑ともに廃止されているため極刑は国外追放と定められているではありませんか。パヤ様はそれに処されるのですから、どうか……」
「イーナ様! あなたは黙っててください! 公爵令嬢で王子の婚約者だからって何様のつもりですか! 私は今、ケイ様とお話しているのですよ!」
噛みつくように叫ぶパヤへ、ゲハは「いや、お前が何様だよ」と呟く。
イーナはしかし、それに答えず貴族令嬢にふさわしい完璧な佇まいで王子を宥め続けた。彼女がパヤの放った殺し屋たちを華麗にぶちのめしたことや、その凄まじい戦いっぷりから「狼と踊る令嬢」というカッコいいがどこかで聞いたことのある異名をとっていることなど、関係者以外は誰も想像できないだろう。そんなイーナの横でケイはただひたすら、怒りの炎を燃やしている。
「死刑は残酷だから廃止! 終身刑も『税金の無駄』って言われるから廃止! 代わりに凶悪犯への罰は『国外追放』で! 他の国が迷惑? 知らんなぁ」
そうほざいた先祖をぶん殴りたい。
おかげで国の評判は最悪、外交に出向けば悪の組織のラスボスみたいな扱いをされるし「ウチはお前の国の犯罪者を代わりに処刑してやってるんだから対価を差し出せ」などと無理難題をふっかけられることも多い。そして何より今、この凶悪ヤンデレ極悪令嬢パヤを国外追放以上の刑に処すことはできないのだ。
「……既に三度目の国外追放なのですがね」
思わず零れたゲハの呟きに、ケイはますます頭を抱える。
そう、パヤが国外追放処分を言い渡されるのは今回が初めてではない。王子への付きまとい並びに交際の強要、王城への侵入や騎士たちへの薬物投与。どれも全て悪質であると判断され、既にパヤは二回国外に追い出されているのである。だが、彼女は帰って来た。怪物が住むと言われる山奥であろうが、殺人犯が自白しそうな崖の上だろうが、パヤはどこに連れていかれても平然と帰って来た。何度も馬を変え、国境を渡り、海まで渡っても「愛に国境はありません!」と言ってケイ王子の前に姿を現したのである。
「っもうお前は国外追放じゃ生温い! 惑星追放だ!」
我慢ならない、といった様子でケイ王子が叫ぶ。
イーナとゲハが驚き、目を見張るがケイ王子は止まらない。そのまま、駄々っ子のように地団駄を踏みながら怒鳴ってみせる。
「どこの国に行っても自力で帰ってくるなら、もうこの星から追い出してやる! お前を丸太に縛り付けてそれを大砲で打ち飛ばし、星空の彼方まで『追放』してややる!!!」
なんだかおかしな言葉が並ぶ台詞に、ゲハとイーナは共に顔を見合わせる。パヤは「まぁ、天の川の下でデートということですか!?」という頓珍漢すぎて既に宇宙人のようなことを言い出し、ケイ王子はさらに怒り散らすような素振りを見せた。それをなんとか押しとどめ、一足早く常識人としての意識を取り戻したイーナが口を開く。
「お言葉ですが殿下、それでは飛行力がたりません。一瞬、宙に浮くぐらいのことはできるかもしれませんが、すぐに落下してその場で爆発するでしょう。空から変な女が降ってきたら国際問題になりますし、周囲の人間を危険に晒すのは良くないです。どうかお控えください」
なんか論点がずれたイーナの指摘にパヤは「私が太ってるっていうんですか!?」とこれまた変な反発をし、ケイ王子は「じゃあどうすれば良いのだ!」と喚き散らす。
「そうですね……サーカス団が行う人間大砲はバネの力で飛び出すものであって、本物の大砲とは違うそうですがそれでも飛行距離は数十メートルほどであると言われています。もしパヤ様をこの惑星から打ち出すのでしたらまずパヤ様を空へ打ち上げるだけのエネルギー、そしてそれにかかる重力と速度からパヤ様を守れる頑丈な防御壁が必要ですが……」
真面目に考え始めるイーナに、ゲハは「なんで本気で令嬢を宇宙に向かって打ち出す方向の話になってんの?」と心の中で呟く。だがケイ王子とイーナは真面目だ、ぎゃんぎゃん騒ぎ出すパヤの声をバックグラウンドにしながら二人は真剣に話し合う。
「それならドラゴンを使って上空までパヤを連れていくか? いや、惑星追放できるほどの高度まで飛べるドラゴンはこの国にいないし、仮にいたとしても搭乗する人間の体がもたないだろう。そこからパヤを高層まで飛ばすだなんて、もっと不可能……では、パヤを頑丈な檻に閉じ込めてそれを花火のように空へ打ち上げるというのはどうだ?」
「それもやめておいた方がいいでしょう。大気圏外に耐えうるほどの檻を作るには莫大な費用がかかりますし、ましてそれを打ち上げるとなれば国家予算に匹敵するほどの額が必要でしょう。国民の反発は免れませんし、そこまでしてもパヤ様がきちんとこの惑星から追放できるとは限らない……何せ前例のないことですからね、どうなるかなんて予想すらできないでしょう」
そりゃ令嬢一人をそのまま惑星外に打ち上げる「前例」なんてあるわけないだろう。あってたまるか。そう言いたくなるのをぐっと堪えた頑張り屋のゲハは、「でしたら」と口を挟む。
「巨大な気球に乗せて、そのまま空まで飛ばしてしまってはいかがでしょう? 風船の浮力が惑星外にまで届くとは思いませんが、打ち上げやモンスターに頼るよりかは成功率が高いかと……それに気球であれば火薬よりは費用もかかりませんし、パヤ様を拘束しておけばさすがにもう二度とこの国に帰ってくることはできないでしょう」
いかがでしょうか? と問いかけるゲハにケイ王子は「それだ!」と膝を打つ。
「そうと決まれば、王国中の針子と職人を動員して思いきり巨大な気球を作らせろ! それと頑丈な鎖もだ! 王国の威信をかけて絶対に、パヤ・カリーナの惑星追放を成功させるぞ!」
イーナとゲハはケイ王子に応じると、すぐパヤを乗せる気球の準備とその手配へ取り掛かる。
こんなことに王国の威信をかけて良いのか、そもそも目的が追放から打ち上げにすり替わっていることは問題ではないのか。それを突っ込む冷静な者は、この場に誰一人として存在しないのだった。
◇
かくして巨大な気球がパヤたった一人のために作られ、それが大空に向かって放たれる日が来た。
「すごーい! 大きーい!」
「素晴らしい! これは歴史に残る光景だ!」
「生きているうちにこんなものを目にする機会が来るとは……ありがたや、ありがたや……」
見物に来た民衆たちは完全にお祭り気分、令嬢一人の処刑というより大空に向かって巨大な気球を飛ばすという珍事の方に目が行っている。そんな国民たちには目もくれず、ケイ王子とイーナは揃って気球の前に立つ。そこにはゲハによってぐるぐる巻き、もう厳重に警戒心を込めてねちっこく拘束されたパヤがいた。
「んーっ! んーっ!」
また何か喚き出されたら今度こそケイ王子の血管がブチ切れてしまう。そう判断され口枷をはめられたパヤは、それでもまだケイに向かって何か言おうとしている。「王子にここまで執着できるなんてある意味、尊敬できるわ。正直、私よりすごいんじゃないかしら」。そう思うイーナの隣でケイ王子は一度、深呼吸をすると改めてパヤに処分を言い渡す。
「パヤ・カリーナ令嬢。そなたを惑星追放の刑に処す。……もう二度と、帰ってくるんじゃないぞ。絶対にな、本当に、頼むから帰ってくるなよ」
可能な限り冷静さを保って告げられたケイ王子の言葉とともに、気球が大空に向かって高く高く飛んでいく。それが令嬢の処刑のためであるということも忘れ、国民たちは一斉に歓声を上げた。
「バイバーイ! 元気でねー!」
「いいな、これぞ大空へのロマンだ……!」
「この光景をキャンバスに映しておこう! きっと大金で売れるに違いない!」
それぞれはしゃぎ、感動し、素直な感想を述べる人々を前にケイ王子は「やっとあの女から解放される……!」と感極まって涙を流す。そんな王子を労うイーナとゲハは無事に惑星追放が終わったことでほっとし、密かに「あの令嬢もさすがに、もう帰ってこないだろう……」心の中で溜め息をつくのだった。
……パヤがとある惑星の住民と意気投合して宇宙船を作ってもらい、ケイ王子がまた絶望で膝をつくことになるのはその数週間後の出来事である。