2.天才少女との出会い
「ち、ちょっとやめてください。いったいなんなんですか?」
ぐいぐいと襟を引っ張って頭を上げさせようとしてくる。
痛い。
「君ならなんとかできるだろ」
今の状態が何が何だかわからないけれど、ピンチなのはわかる。恐らくホワイト学園の生徒が赤色の軍団に襲われている。
そして俺も襲われる側っぽい。
しかもホワイト学園の生徒からの信頼も得られていない。
この少女しかいない。
「ど、どうして私なんですか?特に魔力が強いわけでもないんですけど」
ひどく動揺しているように見える。
その姿は、今にも逃げ出したいという雰囲気をまとっているが・・・
「待ってくれ。君の実力で魔力が強いわけでもないなんてありえないだろう。さっきすれ違った生徒たち全員を集めたとしても君の魔力にかなわないだろ」
多くの人々がいる中で彼女を選んだ理由だ。
これで、また驚くだろうか。
しかしベレー帽の少女は大きく反応することはなかった。というよりも、先ほどまでの困惑や動揺がなかったかのように、冷静さを取り戻した表情。
それこそ先ほど出会ったロリ巨乳と同じような。
周囲は相変わらず悲鳴の嵐。
それでもベレー帽の少女は逃げ出すことはなかった。
「適当なことを言っていますか?」
「いや、俺、魔力の匂いを嗅ぐことが出来るんだ」
そういうと、眉をピクリと動かした。
「魔力の匂い?」
「君はとんでもなく匂う」
「そんなことできるはずがないんですけどね」
それもそうだ。
魔力というのは目視できるものでもなく量を測ることなんてできない。強さを判断するには見た目の派手さだったりで最終的には個人の見解に過ぎない。
魔法は基本的に、風と炎と水と石の四つのどれかを生まれ持ってくる。
しかし、珍しくはあるのだが特有の魔法を稀に持って生まれてくる。
「魔力の匂いを嗅ぐことが出来るっていうのが俺の魔法なんだ」
そう。
稀に持って生まれる中でもかなり珍しい部類であろうし、戦闘向けではない魔法。
「それは・・・なかなか実用性がない魔法ですね」
「分かってはいたけど心にきた」
ここに来た時から感じていたのだ。
この中にいる生徒は今まで過ごしてきた世界よりも、平均的に三倍くらい強い魔法を持っているのだがそれよりも次元が違うレベルに匂いが強い人物がいることは分かっていた。単純なにおいとは違ってなんとなく感覚として位置が分かる。
今でも鼻が曲がりそうなほどの強烈な魔力を感じる。
全身赤集団と立ち向かっているホワイト学園の生徒もいる中で断トツで強い少女が他の生徒と同じになって逃げているなんて。
何か訳ありなのだろうか。
「確かに、私は魔力だけは無駄に持って生まれてきました」
「無駄にってことは俺と同じような魔法だったりする?」
それは地味に困る。
俺の魔法は魔力の強さであったり場所が分かるだけで相手の魔法の種類までは判断することが出来ない。そのため魔力を持っていても例えば戦闘向けでなかったり防御できなかったりした場合はなかなか困ったことになる。
ある程度の実力者なら特定の魔法を持っているものだからな。
「いいえ。氷魔法なのであなたの役には立つことにはなると思います。ですが・・・あまり目立つことが好きではないので」
氷魔法か。
特有の魔法の中でもオーソドックスなほうだが、戦闘も防御もできるいい魔法だ。
確かに逃げている人々が多く、戦っている人を応援している環境であれば目立ってしまうことは明らかだろう。
また、悲鳴が上がる。
結界にひびが入り始めたようだ。
「ちょっとあれまずいんじゃないか・・・?」
「ぁ・・・でも、どうしましょう。仕方ないんですかね」
ロリ巨乳が、淡々とした表情を崩している。
中にいる人たちはその姿を見て、「大丈夫なのかよ」「しっかりしてくれよ」と手伝うこともなく厳しい声を上げているようだ。
どうしてあの子だけ、働かなくてはいけないんだろうか。
あんな小さい体で数十人を守っている時点でおかしなことなのだ。
しかも、結界の周りに数十人が囲んで魔法を打ち続けている。
びき、びきと悲鳴のような結界のはがれる音がしている。
そのたびに、結界の中の生徒の顔が真っ青になっていく。自分たちがどうなってしまうのだろうかという恐怖に染まっているのが伝わってくる。
それを見て、ベレー帽の少女は目を伏せた。
「わかりました。私があなたたち全員を救ってみます」
それでいいのだろうか。
恐らく目立ちなくないという思いで、途中まで他の人と同じように動揺したふりをして避難しようとしていたのではないか。
人の波に流されてしまっていたが、友人と一緒に逃げていた。
俺のせいで離れてしまったわけだが。
彼女がどういう思いで過ごしてきたのかとかどうして目立ちたくないのかとかはよくわからないが、大事にしている信条を踏みにじることになってしまうのではないか。たまたま多くの魔力を得てしまっただけで、見た目は普通の少女だ。
ふと、考えてみる。
「替え玉・・・」
「え?」
「俺が倒しているふりをするから、君が全身赤色の軍団を倒していってくれないか」
「あなたが、ですか?」
「君の魔法は特に珍しいものでもないから俺が同じ魔法を使っていても不思議ではないだろ?しかも俺は転校生だから魔法についてだれにも話していない。君が目立つこともない、どうだ?」
単純すぎだろうか。
「それいいですね!」
それはもう、いい笑顔で前のめりになって乗ってきた。
提案しておいてなんだが、こんな案でいいのだろうかと思いつつ作戦会議を始めた。
意外にもノリのいい子で、まるで子供のころにいたずらをする前の会議のようにこそこそと身を寄せながら話すときには心がひそかに踊った。
その後、話はまとまった。
ロリ巨乳もなんとか持っているようだ。
「では、この案で。改めて私は飯東音子です」
「ああ、俺は佐倉奏多だ。よろしくな飯東」
「はい。よろしくお願いします佐倉さん」
飯東が優しく微笑んだ。
「最近魔法を我慢していたのでいっぱいたまっているんです。私自分で言うのもなんなんですけど本当に強いので・・・」
「?」
「私の、代わりになってくれてありがとうございます♡」
小悪魔のような笑顔を浮かべた。