要点だけ掻い摘まんで記してみた追放・ざまあなお話
「嫌だよ」
荷物持ちは即座に断った。
「なんでお前らの所に戻らなくちゃならねえ?」
そう言って呆れながら、目の前にいる連中を見る。
そこには荷物持ちが以前所属していた集団の者達が揃っていた。
戦士に斥候に治療術士に戦闘魔術師。
模範的な迷宮探索者の集まりだ。
もっとも基本的な職業の組み合わせで、だからこそ短所がない。
その分長所もないが、隙間のなさが最大の強みとなる。
しかもその集団、この界隈では有名人である。
いや、この近隣だけでは無い。
国で知らぬ者の無いほどの有名人だ。
一行は国内最精鋭と呼ばれる者達である。
最も凶悪と言われる地下迷宮に挑み、しかもその最も深い所まで潜入してるのだから。
それだけでも実力が知れるというもの。
だから彼らはこう呼ばれている。
『勇者』と。
勇者とは、戦士や魔術師といった職業の呼び名では無い。
功績優れた迷宮探索者者におくられる称号である。
凶悪地下迷宮の最奥に近いところにいる彼らにふさわしいものだ。
だが、それもつい先日までのこと。
今は、その勇者の称号を失いかけてきている。
理由は簡単だ。
勇者としての力量を発揮し切れてない。
これに尽きる。
「探索、行き詰まってるようだな」
そんな彼らに荷物持ちが声をぶつける。
「今まで到達出来ていたところに行けない。
それどころか、その手前の場所で足踏みをしてる」
「そうだ、その通りだ」
勇者達のリーダーである戦士が頷く。
「モンスターは問題ないんだ。
今まで通りに倒せる。
だけど、そこから先に進めないんだ」
「ふーん」
「それで俺たち考えたんだ。
どうしてこうなったかって」
「それで?」
「ああ、不調になったのがいつからなのか。
どうしてこうなったのかを考えて。
それで分かった事がある」
「なにが?」
「お前が抜けた日。
その日からおかしくなったんだって」
それを聞いて荷物持ちは肩をすくめた。
「だから?」
それでいったいどうしたというのか?
話を聞いてる荷物持ちにすればどうでもいい事である。
目の前の勇者共がどうなろうと。
だが、戦士はそんな荷物持ちの気持ちなぞ全く頓着せずに続ける。
「正直、何がどうしてここまで調子が悪くなるのか分からない。
けど、お前がいるかいないかで変わってる。
だから、そこに理由がるんだと」
「そうか」
心底うんざりしながら荷物持ちは応じる。
「だからなに?」
荷物持ちにすればどうでもいいことである。
「おい、なんだその態度」
先ほどから戦士の後ろに居た斥候がすごんでくる。
「こっちは真面目に話してるんだぞ。
そんな態度はないだろ」
「おい、やめろ」
戦士がそれを止める。
「今、話をしてる最中だ」
そういって斥候を下がらせる。
「すまない、気が立ってるんだ。
許してやって……」
「ふざけんな」
戦士の声を遮って荷物持ちは口を開く。
「臭い芝居してなに言ってる。
そんななんでごまかすな」
「…………何を言って」
「善玉と悪玉だろ。
わかりやすい芝居してんなよ」
そう言われて戦士と斥候は顔をゆがめる。
善玉と悪玉。
わかりやすい交渉方法だ。
片方がきつい事を言って、片方が甘い事をいう。
そうやって相手を操縦する。
使い古された手だが、それなりに効果的だ。
だが、分かっている相手には通じない。
今の荷物持ちのように。
「だいたい、お前らなんぞ相手にしてやる理由なんかないだろ」
荷物持ちからすればそうとしか言い様がない。
何せ、彼は目の前の勇者達から一方的に追放されたのだ。
「そんな奴のところに来てなんのようだ?」
荷物持ちからすれば噴飯やるかたない。
言いがかりとしかいいようがない理由での追放である。
ふざけるなとしか言い様がない。
「まさか、また俺に加われとか言うんじゃないだろうな」
「その通りだ」
戦士は即答する。
「お前に戻ってほしい」
「死ね」
荷物持ちの返事もまた即座に、そして容赦のないものだった。
「俺はもう別の所で働いてる。
そいつらと上手くやってる。
お前らと一緒にやる必要は無い」
それが答えの一つだった。
今の荷物持ちは、別の者達と共に地下迷宮に挑んでいる。
そこで他の者達と上手くやっている。
別の所にうつる理由が無い。
それに。
「俺はお前らが嫌いだ。
なんで一緒にやっていかなくちゃならん」
これが最大の理由である。
つまりは気分や感情による理由である。
「お前らが勝手に俺を追い出したんだろ。
だったら、俺が何しようが俺の勝手だ」
「それは……」
「少なくともお前らに言われる筋合いはない」
その通りである。
勝手に追放した。
そして今度も勝手に戻ってくれという。
「どこまでも自分勝手だな」
そこに荷物持ちへの労りや思いやりはない。
「まあ、そう言うな」
後ろにいた治療術士が口を挟む。
「過去のことにこだわっていたら……」
「都合の良いこと言ってんじゃねえ」
「いや、都合の良いことじゃなくてだな」
「都合の良いこと言ってんじゃねえ」
「だからそうじゃなくて」
「都合の良いこと言ってんじゃねえ」
「あのな、話を……」
「都合の良いこと言ってんじゃねえ」
何か口を挟もうとした治療術士に同じ言葉をかぶせつづける。
丸め込もうとしてるのが見え見えだったからだ。
相手にしてるのも馬鹿らしい。
だから同じ言葉を繰り返す。
「都合の良いこと言ってんじゃねえ」
それに気勢を削がれたのか、治療術士は口をつぐむ。
「だがな、お前がいると助かるんだ」
戦士が再び口を開く。
「だから頼む」
「邪魔だ、消えろ」
にべもない言葉を叩きつける。
「けど……」
なおも言いつのろうとする戦士。
そこに荷物持ちの後ろに居た者達が乗り込んでくる。
「いい加減にしろ、こいつは俺たちの仲間だ」
軽装の斥候が声をあげる。
「だいたい、さっきから何様だ?
俺たちがいる所に勝手に突っ込んできて」
「邪魔しないでくれ」
勇者側の戦士はその声を遮る。
「今、彼と話をしてる」
「ふざけんな」
斥候は何一つ引き下がらない。
「そいつは俺達の仲間だ。
お前の勝手なんか通じるかよ」
それが全てである。
荷物持ちが仲間と一緒にいるところに勝手に割り込んできた。
それは勇者の方である。
しかも、仲間の前で勧誘をしかけてる。
面白いはずがない。
「さっさと失せろ」
「話をしてる、それが分からないのか?」
「話は終わってるだろ」
斥候は更に強く言う。
「荷物持ちはお前らを断ってる。
それなのに言いがかり付けてるのはお前らだ」
これまた事実である。
荷物持ちはとっくに意思表示をしている。
それを無視して話を続けてるのは、勇者達である。
どちらが非礼で無礼なのか。
その答えは言うまでも無い。
「それともなにか。
勇者って言われてんなら、何やってもいいと思ってんのか?」
「話の邪魔をするな」
「いい加減にしろ」
そう言って勇者側戦士の肩を掴む。
そのまま勇者側戦士を放り出す。
「な?!」
あまりの事に勇者側戦士が驚いた。
戦士と斥候。
単純な戦闘力を見るなら、その差は明らかである。
戦士が文字通り戦うことを旨とする者であり。
斥候は偵察や潜伏を旨としてるのだ。
正面から戦えば戦士が勝つに決まってる。
にも関わらず。
今、荷物持ちの仲間の斥候は、勇者側戦士を投げ飛ばした。
力量差がなければ出来ない事である。
つまり、荷物持ちの仲間の斥候は、勇者側戦士を上回る戦闘力があるという事だ。
その事をすぐに察した勇者達は、緊張を顔に走らせた。
「さっさと失せろ」
斥候は静かに通告する。
「それとも、最後までやるか?」
「……町中での争いは御法度だぞ」
「だからなんだ?」
斥候は気にするそぶりも無い。
「衛兵が飛んでくるとでも?
かまわんぞ。
一緒に蹴散らせばいい」
「な…………?!」
あまりのものいいに、勇者達は絶句する。
衛兵を呼ぶ。
その意味は大きい。
衛兵が強いからではない。
その背後に政府が、そして国王がいるからだ。
究極的には、衛兵は国王によって治安をまかされている。
それに逆らうという事は、国王に楯突くのと同じだ。
衛兵に非があるならともかく、そうでないなら、これは国そのものを相手にする事になる。
そうなった場合の事を考えれば、無駄な争いは避けるのが無難だ。
だから荒くれ揃いの迷宮探索者といえども、衛兵に喧嘩を売るような事は滅多に無い。
それを荷物持ちの仲間の斥候は気にする事もない。
それどころか挑発までしてきている。
更に、
「言っておくけど、俺たちも同じだ」
「黙ってみてるつもりは無い」
「やるのか?」
荷物持ちと一緒にいた他の者達も立ち上がってくる。
いずれも、戦士、治療術士、戦闘魔術師だ。
これまた模範的な迷宮探索者の編成である。
攻守共に揃っており、隙がない。
そんな彼らが荷物持ちの背後から立ち上がってきている。
「さっきから勝手な事を言ってたな」」
「いい加減、俺らも腹が立ってる」
「いつでもいいぞ。
なんなら、ここを吹き飛ばすくらいはしてもいい」
真顔でそんな事を言っていく。
本気でそう考えてるのがうかがえた。
「本気で言ってるのか?」
さすがに勇者も引き下がれない。
「俺たちは勇者だ」
「それがどうした?」
答えは変わらない。
「勇者だからなんだ?」
それは知っている。
知っていてここまでやってるのだ。
「……失礼する」
そう言ったのは勇者の方だ。
さすがにここで騒動を起こすのは気が引けた。
「今日はこれで帰る」
「今日は、じゃねえよ」
荷物持ちは苛立ちと怒りを隠さずに言う。
「二度と来るな」
その声に答えはなく、勇者達は黙って帰っていった。
その後しばらくして。
こちらも探索者協会をあとにした荷物持ち達。
その顔には、いまだに不満がくすぶっている。
先ほどの勇者達の態度に、いまだに腹を立ててるのだ。
「本当にどうしようもねえな」
斥候が呆れたように声を出す。
「追い出した奴って、どうしてああなんだろうな」
「まったくだ」
戦士が隣で頷く。
「追い出したくせに、後から戻ってこいなんてな」
「どうかしてるよ」
治療術士がぼやき、戦闘魔術師が無言で何度も頷く。
ここにいる者達は、全員追放経験者である。
いずれも、探索者として活動し、そして追い出された。
その理由はほぼ共通。
『おまえはいらない』
『無能はいらない』
おおむね、こんな所だ。
その後、荷物持ちらと合流し、追い出された者同士で組んでいる。
似たもの同士、上手くやっていこうと。
あとは迷宮での稼ぎでそこそこの生活が出来ればと思っていた。
しかし、そんな彼らの思惑は違った方向に裏切られる。
確かに追放はされた。
しかし、それが彼らの無能の証明にはならない。
曲がりなりにも、世界最悪と言われるような場所で活動していた者達だ。
最高ではなくても、相応の実力はもっている。
最強の迷宮でも活動出来るくらいの能力はある。
さすがに一番深いところまで行けるほどでは無かったが。
それでも、そこそこの所までは余裕で踏み込むことが出来た。
そこで研鑽を積み、今や彼らはかなりの実力者と目されている。
それこそ迷宮探索者の上位に食い込まんとするほどに。
そんな彼らだけに、古巣からの呼び戻しも度々あった。
その都度、彼らは相手を突き飛ばしていった。
不当に追い出しておいて、戻れとは何事かと。
彼らの憤りはそれだけ大きかった。
何よりも怒りに火を付けたのは、呼び戻しにきた連中の言い様である。
「なにが、
『お前も悪いところがあった』だよ」
「自分らに問題が無いと思ってんだろうな」
「ふざけやがって」
これが一番の理由である。
問題があるのは、追放された者達だ。
これが、呼び戻しにきた連中の言い様である。
納得が出来るわけがない。
「『そんな力があるとは思わなかった』だっけ」
「『なんでもっと早く言ってくれなかった』もあるぞ」
「『お互いのわかだかまりは水に流そう』なんと言ってたな」
「『大人になれ』も忘れちゃいけない」
だいたいにおいて、こんな事を言われた。
これらの言わんとするところは一つである。
追い出された者に問題があった。
ただその一点を形を変えて口にしてるだけである。
また、喧嘩両成敗に持ち込もうとしてるのも腹が立つところだ。
一方的に悪いのは、不当に追い出した方である。
それがなぜ、お互いに、という事になるのか?
「俺たちが一方的に損してるじゃねえか」
吐き捨てる斥候の言葉が全てを物語っている。
非があるのは追放した方である。
それが、お互いにとなれっば、追放された者達にも非がある事になる。
なんでそんな事になるのか?
まったく理解が出来なかった。
「そうやって、自分達は悪くねえって事にしたいんだろうな」
「ふざけやがって」
「誰が戻るか、バーカ」
口々に思いの丈を述べていく。
それでも憤りがおさまる事は無い。
そんな仲間の言い分を聞いてた荷物持ち。
彼はそんな仲間に、
「なあ──」
一つの提案をしていく。
それから一年。
「う……」
「ぐ……あ」
「な…………」
「…………」
そんなうめき声が迷宮の奥深くであがっていた。
声も出せず、荒い呼吸を繰り返すだけの者もいる。
そんな彼らは、倒れ伏した床からここまでした相手を見上げる。
「ざまあねえな」
這いつくばって見上げる連中を、荷物持ち達は見下ろす。
「それでも勇者か?」
心底馬鹿にした口でそう告げる。
実際、情けないものがあった。
「それでも、探索者最強かよ」
勇者ならば、そう呼ばれるにふさわしいものを持っていなくてはならない。
少なくとも、探索者全体で頂点に立つくらいの。
だが、そんなあるべき姿を目の前の勇者達は見せてない。
無様に這いつくばって、全滅を待つだけの姿。
それは、勇者にあってはならないものだった。
「で、どんな気持ちだ?
格下と思ってた奴にやられる気分は」
「ご……あ……」
そういう荷物持ちは、倒れ伏す勇者側戦士を醒めた目で見下ろす。
かろうじて苦悶の声をあげるだけの勇者を。
それは一方的な戦いだった。
戦いとすら呼べないものだった。
虐殺や殲滅。
そう呼ぶしか無いものだった。
勇者側の戦士の攻撃は、敵に一切通用せず。
身軽さで敵の死角をぬって接近しようとした斥候は遮られ。
治療術士の回復すら追いつかぬ打撃を受け続け。
戦闘魔術師の攻撃魔術は、より大きな攻撃魔術によって吹き飛ばされた。
その他、何から何までかなうところが無かった。
格が違うというのだろうか。
土台となる強さが違う。
それはもう、仲間の連携でどうにか出来るようなものではなかった。
何より、仲間の連携という面でも敵に負けていた。
攻撃にしろ守りにしろ、その動きのなめらかさは敵の方が上だった。
勇者達が勝つ要素が全くない。
そこまでした敵に、勇者は最後の力を振り絞って聞く。
「なん……で……」
それが何についての疑問なのかは分からない。
だが、それに荷物持ちは応える。
「お前らに攻撃をした理由か?
お前らが俺たちの敵だからに決まってるだろ」
一年前のあの日。
勇者に復帰を強請されそうになったあと。
荷物持ちは仲間に呼びかけた。
「これから迷宮にこもらないか?」
町にいれば勇者などと顔を合わせる。
仲間と一緒に行動してればいいが、単独でいたらどうなるか分からない。
また、それは他の者達にも言える。
全員、追放してきた古巣につきまとわれている。
その古巣が何をしでかすか分からない。
「このまま町にいたら、どこで何をされるか分からない」
強制連行、最悪の場合殺される可能性もある。
奴らが逆恨みを抱いていたらそうなる。
そして、その可能性は非常に高いといわざるえない。
我が儘で自分勝手なのだから。
「だったら、町にいるより迷宮の中のほうがマシだ」
普通であればありえない話として一蹴するだろう。
だが、荷物持ちにはそれなりの勝算があった。
「────というわけだ」
その説明をして荷物持ちは返事を待つ。
仲間はその言葉に驚きはしたが、否定はしなかった。
「なるほど」
「確かに」
「まあ、それなら」
いずれも乗り気にはなっているようだった。
その案は即座に採用となった。
そして、すぐに実行されていった。
荷物持ち達は町にいる他の仲間にも声をかけていく。
迷宮に出向いてるのは彼らだけではない。
総勢85人に及ぶ仲間で挑んでる。
その全てに声をかけ、一気に行動に移っていった。
そうして夜のうちに地下迷宮に突入。
そのまま最奥へと目指していく。
以降、一年にわたり迷宮に入りっぱなしである。
その間の食事は、倒したモンスターから得られる核石を用いていた。
モンスターの生命源であるそれは、魔力の塊である。
それを持ち帰って換金することで探索者は生計をたてる。
だが、それだけではない。
経験値という形でとりこんで、自身の成長を促す事も出来る。
更に、こちらはあまり知られてない方法だが。
食料として用いる事も出来る。
厳密に言えば、食べるわけではない。
核石に蓄えられてる魔力を、生命力として吸収するのだ。
これにより、食事の必要もなく生きていく事が出来る。
ただ、こういった用い方はあまり有名では無い。
多くの場合、換金や経験値として利用されるからだ。
荷物持ち達はこの方法を用いた。
町に戻るつもりは既にない。
ならば、換金なんて考える必要がない。
食料として、経験値として核石を用いていけばよい。
用途がしぼれた分だけ、より効率的に使えるようにもなった。
食料として使うなら、さほど核石は消耗しない。
その分、経験値として用いていく事が出来る。
おかげでこの一年、荷物持ち達のレベルは格段に上昇した。
日がな一日、ただひたすらにモンスターを倒し続けたのだ。
得られる核石の数も相応に増えるというもの。
唯一の難点は、衣服や装備品の消耗だ。
また、体の汚れなども問題になる。
ただ、衣類などは魔術による強化で耐久性をあげて対応する。
体の汚れは、魔術で水を発生させてそれで体を拭くといった事で対処した。
その結果。
荷物持ち達のレベルは急激に上昇した。
それこそ、勇者などをはるかに追い抜くほどに。
「それでもなあ」
勇者達を見下ろしながら呆れる。
「ここまで弱かったか?」
それが正直な疑問だった。
それだけのレベル差があるのは確かだ。
しかし、荷物持ちが言いたいのはそういう事ではない。
「こんな上層まで後退して……」
勇者達が活動していたのは、かつての迷宮最前線ではなかった。
荷物持ちが参加していた頃よりはるかに上層、入り口に近いあたりにいた。
それでも、他の探索者達よりは深いところまで潜り込んでいるのだが。
最盛期に比べれば後退している。
「何があったのかは、聞かなくてもわかるけど」
そう言いながら、勇者の後方に目を向ける。
そこには、勇者と共にやってきたであろう、彼らの仲間の無残な姿があった。
荷物持ちが気になったのは、後方要員の少なさだ。
一般的に戦闘要員と言われる戦士・斥候・回復術士・戦闘魔術師が多い。
荷物持ちなどの後方要員はそれに比べて少ない。
「やっぱりあれか?
戦闘力増強で戦闘要員を増やしたのか?」
そうとしか思えないくらいの偏重ぶりだった。
荷物持ちが最適と思える比率からかけ離れている。
荷物持ちとは、探索者の雑用係である。
文字通りに荷物を持っていくのが基本だが。
それ以外にも、野外生活に必要な様々な部分を賄いもする。
これは、迷宮の奥に行くに従って重要になる。
何せ、迷宮の奥に行くとなれば、かなりの距離を進まねばならない。
長期間にわたる野外生活を強いられる。
それをどうこなすかで、迷宮探索の成否が変わる。
荷物持ちが居た頃の勇者達は、そこを考えて部隊編成をしていた。
というより、荷物持ちだけが適切な部隊編成をしていた。
後方要員を重視し、長期的な展開を可能としていた。
ただ、その分戦闘力は落ちるのは否めない。
そこが勇者達には気にくわなかったようで。
直接的な戦闘力を上げようとする勇者達とは、そこが折り合わなかった。
これは、勝つことを重視する者達に見られる傾向になる。
それは言うなれば次のようになるだろうか。
常に全力────。
休みをとらない────。
効率を考えない────。
いつも最大の力を出すよう求める。
100メートルの短距離走で出す速度でマラソンをさせるようなものだ。
そんな事出来るわけがない。
やろうとすれば、最初の段階ですぐに潰れる。
しかも、休みをとらずに延々と行う事を当たり前と思ってる。
適度な休憩を入れねば人間はもたない。
効率が落ちて、結局は無駄が増えてしまう。
たとえば、人間の集中がもつのは、最大で二時間と言われる。
この二時間というのが本当かどうかは分からない。
だが、最大でこれだけというところが大事だ。
最大で二時間としよう。
ならば、それだけやらせるのがもう限界という事である。
無理なく持続できる時間はそれよりももっと短い。
それはもしかしたら、5分とか10分程度なのかもしれない。
それを最大値で行えば、誰もがすぐに潰れていく事になるだろう。
つまりは、効率的な動きを考えない。
長丁場における力配分を考えない。
常に全力を出すのを当然と思い込んでいる。
この思い込みが勇者にもあった。
常に最大最高を求める。
全力であたる。
だから持久力がない。
短期決戦ならそれでも良いだろう。
しかし、迷宮探索は短期決戦ではない。
何日も、何十日にも及ぶ長丁場の勝負だ。
一回一回の戦闘はそれほど長くはならなくてもだ。
そして、短い戦闘でも、それが連続すれば疲弊は大きくなる。
戦闘が終わった直後にまた戦闘となっては、疲れも大きくなる。
それではダメだと荷物持ちは思っていた。
口に出しもした。
しかし、勇者が聞くことはなかった。
それでも、どうにか継続した活動が出来るよう、後方要員は確保していたのだが。
その後方要員がかつてより激減している。
「馬鹿だなあ」
本当にそう思う。
本気でそう感じる。
心の底から、勇者といわれた者の愚かさを感じる。
「そんなんだから、何も出来なくなるんだよ」
勇者はそれに何も言い返せない。
言い返すだけの力がなくなってきている。
大量の出血と、臓器すらも破壊されたせいで。
それだけの傷を彼はおっている。
それでも生きてるのは、レベル上昇によって能力が跳ね上がってるからだ。
普通の人間なら、とっくにお陀仏になっている。
「まあ、安心しろ。
すぐに仲間をあの世に送り込んでやる」
どういう事だと勇者は思った。
「お前以外にも邪魔はいるからな。
俺らにちょっかいをかけてた連中が。
それもまとめて処分する」
うめくことも出来ないほど疲弊した勇者は戦慄をおぼえた。
「あれから一年、みんなと話あったんだけど。
やっぱりお前らが邪魔なんだわ」
それを勇者は倒れ伏したまま聞いている。
「で、それなら根こそぎ無くすしかねえよなってなってね」
「そうそう」
いつの間にかやってきた荷物持ちの仲間が続く。
「このまま帰っても、またやってくるだろうし。
それならいっそ処分しちまった方が早い」
「衛兵とかが黙ってないだろうけど、それもついでに片付ける事にしたよ」
「なんなら、国一つ相手にしたっていい」
恐ろしい事を平然と言ってのける。
そんな事出来るわけがない、勇者はそう思った。
いくら探索者がレベル上昇で強力になるといってもだ。
それで国一つを相手に出来るわけがない。
迷宮で鍛えてるのは探索者だけではない。
王国の騎士団などだって、迷宮でレベルを上げている。
そのレベルは、勇者達におよばないにしてもだ。
一般的な探索者に引けを取らないくらいの強さをもってる。
そんな騎士が何千と揃っているのだ。
戦えるわけがない。
戦って勝てるわけがない。
そう思った。
なのだが。
「この奥にいる魔王も倒したし」
信じられない事が勇者の耳に入った。
それは迷宮の奥に居る存在で、迷宮内で最強のモンスターである。
それを倒したなど、簡単に信じられるわけもない。
だが、そうであるならば納得も出来た。
荷物持ち達の強さがだ。
それは勇者達をはるかに凌駕するものだった。
それを我が身で知った勇者は思う。
もしかしたら、本当にそうなのかもと。
「それに比べれば、迷宮の外にいる連中なんて大したことはないだろ」
確かにその通りだ。
いくら何千という高レベルの騎士が揃っていてもだ。
魔王にかなうとは思えない。
そして、魔王を倒せるほどの者達なら、騎士団を一掃するのはわけないだろう。
「だから安心して死ね。
仲間を後で追加してやるから」
その声が人としての勇者の耳に届いた最後の言葉だった。
その次の瞬間。
「じゃあ、これからは俺たちの為にがんばってくれ。
ゾンビとして」
勇者達の死体には魔術がかけられた。
生命を死霊として操る術が。
かくて勇者達の霊魂は死体の中に取り込まれ。
死体の動力源として使われていく事になる。
やがて霊魂が摩耗しきって消滅するまで。
あるいは、何かしらの方法で霊魂が解放されるまで。
「さて」
勇者達を始末した荷物持ちは、そこで仲間に振り返る。
「行こうか」
「おう!」
元気の良い声が応えた。
そこにいるのは様々な追放者だった。
探索者から追放された者。
村から追い出された者。
商店から追い出された者。
工房からたたき出された者。
濡れ衣で武家から追い出された者。
仕組まれた謀略で貴族からおい落とされた者。
派閥抗争の巻き添えで、学問の府を追い出された者。
ありとあらゆる追放者が揃っていた。
そんな彼らの目的は一つ。
不当な理由で自分達を追い出した者への復讐。
その為に地下にこもり、魔王すら倒した。
あとは、本来向けるべき復讐対象に、抱えてる憤りを叩きつけること。
その為に彼らは進む。
迷宮の出口に向かって。
彼らにとっての凱旋をはじめる。
それから更に一年。
荷物持ち達の仲間は、全ての復讐を完遂する。
その対象となった国は、広大な領土を不毛の砂漠とするほどに破壊された。
今もその地に人はよりつかない。
誰であろうと、接近すれば命を落とすからだ。
だが、例外がある。
不当な扱いを受けて追放された者達。
そういった者達は受け入れられるという。
そして、復讐者となって報復に来るとか。
そうなるようになってから、追放は激減した。
少なくとも、不当に追い出すような事はなくなった。
そんな事をするくらいなら、さっさと抹殺するようになったからだ。
だが、それすらもやがて無くなる。
そんな事をしようとするとあらわれるのだ。
どうやって察知するのか、それを阻む者達が。
それ故に不当な追放はなくなった。
理由がまっとうなものはこの限りではないが。
それでも、理不尽な目にあうものは激減した。
「平和だねえ」
世界でも最も最悪だった地下迷宮。
その奥にある居室。
かつて魔王がいたそこで、荷物持ちたちはダラダラと暮らしていた。
時折起こる馬鹿げた事に応じて動く事はあったが。
そうでない時はする事がない。
生きていくだけなら、迷宮からあふれる魔力を吸収する事で生きていける。
その為、生活のために働く必要がなかった。
ついでに、寿命も大幅にのびている。
何十年と時間が経過しても老化の気配がない。
それは平和でよいことなのだが。
やる事が無いと暇でしょうがない。
迷宮の奥では娯楽もない。
「いっそ、世界でも征服しようか」
そんな馬鹿げた事が口から出てくる。
だが、そんな事をするような者はいない。
やるのが手間だし、やる意味が無い。
領土や資源が必要ないからだ。
なので、国家存亡のために戦争を仕掛ける必要が無い。
するとしたら、それこそ趣味でやるかどうかだ。
幸いなことに、そこまで戦争が好きな者はここにはいない。
というわけで、暇を持て余す事になる。
これはさすがに誤算だった。
「どうにかならんかな」
そんな事をぼやく毎日だ。
彼らがそんな事を言ってる間は、世の中平和という証なのだろう。




