第6話『お姫様の誘い』
数日の時が流れた『アークス』の王宮内。
エントランスから続く大きな階段に、エイルはいた。
ブレアたちと同じ黒スーツを着た彼は、何故かエプロン姿。
しかも片手にははたきを握り、階段を掃除している。
「エイル殿~! 終わりましたか~!」
下から聞こえる声に振り向くエイル。
そこにはガントレットではなく、白い手袋をはめたスズが、満面の笑みで手を振っていた。
「ちょうどよかった、いま終わったところだ」
「さすがエイル殿、早いですね」
手際のよさを褒めながら、スズは階段を登ってくる。
彼女はエイルの隣に立つと、ばつが悪そうに頭をかく。
「研修とは名ばかりの雑用をさせてしまい、かたじけない」
「大丈夫、おかげで他の使用人とも仲良くなれているし、何より基礎的な作法は勉強になる」
しっかりとスーツを着込み、腰に『ヌエ』を携えたエイルは言う。
マシェリの守護者になった彼だが、まずは礼儀をしっかり学ぶという理由で、七日間の研修をブレアから提案されていた。
そんな研修も五日目。
吸収のいいエイルは、すでに多くの使用人に信頼されている。
凛々しい彼の立ち姿に、スズは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ブレア殿に監督を任されたときは心配でしたが、エイル殿が優秀で助かりました」
「俺もスズの教育が的確で助かっているよ」
互いに感謝を告げ、二人は階段に飾られた肖像画を見上げる。
そこに描かれている女性は、マシェリの面影があった。
「アイ・アーク女王陛下。殿下の実のお母様であります」
「似ているな……確か、何年か前に」
「ええ。私たち王女親衛隊を設立されてすぐお隠れに」
今は亡きマシェリの母に見つめられ、背筋を伸ばすエイル。
一見では人間にしか見えない姿に、ふと彼は疑問を抱く。
「他の使用人と違って、陛下やお姫様、スズたちは魔族っぽくないよな」
「王陛下はわかりませぬが、殿下や私たちは半分人間のようなものゆえ。女王陛下は純粋な人間でしたし」
「……聞かないほうがよかったか?」
「いえ全然」
予想より複雑だった彼らに、エイルは少し委縮する。
するとスズは、そんな彼の緊張をほぐすため、語りだす。
「忘れもしませぬ。あれは私が魔獣……モンスターに襲われ瀕死の重傷を負ったとき、助けてくださったのが女王陛下だったのです」
話しながらスズは左手の手袋を外す。
そこには薄肌色につやめく、機械的な義手がさらされていた。
「人形型モンスター・オートマタの技術を利用して、左腕と右足に義肢を仕込んだ、半魔人形と言ったところでしょうか」
「……みんな、そんな感じに重いのか?」
「私が特別重いだけでございまする」
チュートリアル向きでないスズの正体に、困惑するエイル。
だが彼は、彼女が一番重いと知り、同時に肩が軽くなったようにも感じていた。
残る三人は、彼女に比べれば本当に気楽なものなので、ご安心頂きたい。
そんな話をしていると、三人のうちの一人であるマシェリが、エイルたちの後ろに突然あらわれる。
「やっと見つけました、エイル様!」
いきなり声をかけられ、びくりとする二人。
彼らが同時に振り返ると、エイルは気まずそうに告げる。
「お姫様。今の俺は研修中の身で。自由に会うことは許されていないのです」
「そうなのですか? それであれから一度も……」
エイルの話にしょんぼりとうなだれるマシェリ。
予想のできていた反応ながら、いざ彼女の悲しむ顔を見たエイルは、どうしようかと困惑する。
そんな様子を見ていたスズは、優しく笑って彼らに告げる。
「禁止されているのはエイル殿からの謁見。それ以外であれば、目を瞑るでありますよ」
ルールの抜け穴を示し、ウインクするスズ。
言葉を受けたマシェリとエイルは、当時に顔を明るくする。
さらにマシェリはそれを聞いたうえで、一枚のメモをエイルに握らせる。
彼女はまっすぐエイルを見つめ、小さな声でつぶやいた。
「……それならこちらも、きっと大丈夫なはずです」
微笑んだマシェリは、逃げるようにその場をあとにする。
奇妙なその行動に、残された二人は首をかしげる。
エイルはその首を下に向け、握らされたメモに視線を落とす。
二つ折りにされたそれを開くと、そこには可愛らしい文字で伝言が記されていた。
『今夜、皆が寝静まったころ、私の部屋に来てください』
それは、エイルを誘う招待状であった。
思考がショートするエイル。手紙をのぞき込み、固まるスズ。
そしてどこからともなく現れたブレアが神妙に語る。
「姫から夜這いの約束かよ……アークが見たら卒倒モンだな」
懸念するブレアの言葉に、二人は同時に彼女を見る。
特にエイルは、どう対処すればいいか瞳で訴えかけていた。
「今回は誘われたんだ。行くか行かないかはお前の自由だ」
「だとしたら行くしかないが、お姫様は一体何を……」
「何ってそりゃあ、なぁ?」
腕を組み、ブレアは濁しながらも告げる。
「先に言っておくが、アドバイスはできないぞ。この前のガールズトークで、全員おぼこが確定したからな」
「お、おぼことは、その……処女のことであります」
「話すところはそこじゃないだろ、親衛隊」
やけに気楽な二人に、エイルは思わずツッコミを入れる。
するとブレアは少し反省し、彼の肩を叩く。
「姫様もああ見えて責任のとれる年頃だ。そう簡単に一線を超えることもない」
「ならこの手紙は、いったい何を現している?」
「さあ? 単なる逢瀬かもしれないし、何か試しているのかもしれない」
はぐらかすように告げ、あくまで選択はエイルに託す。
そして彼女は、叩いた彼の肩を組み、耳元でささやく。
「アークにバレないように、私らも協力するが?」
「……いや、大丈夫だ」
断られ、つまらなそうにするブレア。
だが顔を上げたエイルは、彼女の予想を遥かに飛びこす。
「俺一人で行く。ブレアたちに手間を取らせる気はない」
男気あふれる彼の言葉に、ブレアは心底うれしそうな笑みを浮かべた。
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