第4話『魔族の国の王』
二日後、エイルは『アークス』の王宮にいた。
魔族の国と呼ばれるだけあり、使用人たちもゴブリンやリザードマン、ハーピィなどの亜人種がほとんどである。
そんな彼らに、王宮内の大きな扉の前へ案内されるエイル。
彼が待っていると、後ろから可愛らしい靴の音が聞こえる。
「エイル様!」
声に振り返ると、エイルの胸にマシェリが抱きつく。
彼はよろめきながらも、彼女の体を受け止める。
「昨晩は眠れましたか?」
「おかげさまで。バッドステータスも嘘みたいに無いです」
「王宮内であれば離れても大丈夫と、使用人が仰っていました!」
エイルの言葉に、笑いながら答えるマシェリ。
しかししばらくして、彼女はエイルから離れて凛とする。
「コホン。エイル様にはこれから、私の父に謁見していただきます」
「この国の王様か……わかりました」
背中を伸ばし、身だしなみをチェックするエイル。
すると誰も触れることなく、大きな扉は勝手に開いた。
きらびやかな広間の中心には、玉座のある壇上へまっすぐ続く赤いカーペットが伸び、その左右に多くの使用人が並んでいる。
迎える使用人の間を歩き、壇の下で立ち止まる二人。
エイルが跪くと、玉座につく王が彼を見下ろし、低い声で語りかける。
「フハハハ、慣れぬことをせんでも良い。頭を上げよ」
言われるがまま、エイルは顔を上げる。
大きな玉座につく王の姿は……声のイメージと全く違う、マシェリと年も変わらないように見える少年だった。
「どうした? 我が姿が気になるか?」
玉座の上でエイルを楽しそうに見下ろすアーク王。
大人げない父を見たマシェリが、わざとらしく咳こむ。
「お父様、お戯れがすぎるのです」
「我が姿に驚く人々の顔を見るのは、楽しみの一つなのだ」
「お父様……?」
「……むぅ、すまない」
圧を放つ娘に謝り、アーク王は真剣な表情になる。
彼は謁見の間にいる使用人たちに、手を払って命じる。
「席を外してくれ。ここからは家族の話だ」
王の命令に使用人たちは広間をあとにする。
続けて彼は、膝をついたままのエイルに語りかける。
「貴様もいつまでその格好のつもりだ?」
言われて立ち上がり、服を整えるエイル。
少年の姿をした王は玉座へ深く腰掛けると、背筋を伸ばした彼に頭を下げる。
「此度は娘を救ってくれたこと、心の底から感謝する。スズから話は聞いておる」
「スズさんにも話しましたが、俺もマシェリに救われたので」
「それも聞いている。さすが我が娘である」
アーク王にほめられ、マシェリは静かに頭を下げる。
だがその時、王は二人を見つめるその表情を、冷ややかにしてみせる。
「さて、それを踏まえて本題だ」
真剣な口ぶりの彼に、エイルの背筋が伸びる。
すると王も少し前のめりになり、彼の語る『本題』へはいる。
「エイル、貴様がマシェリの〝運命の相手〟であることも聞いている」
「はい、どうやらそのようで」
マシェリと出会って以来、身軽な体を再確認してエイルは返答する。
しかし王の雰囲気は、彼と違って深刻なものだった。
「やはり理解していないようだな……しかたあるまい、なにせ魔族の中でもレアケースだ」
悲しそうな顔で言うと、王は語り始める。
「〝運命の相手〟が必要な魔族とは、自身の権能、人間的に言えば固有スキル以外の力を使えない、魔族の中では劣等種とみなされる存在だ」
アーク王の説明に、エイルは自身の体験で納得する。
彼が疑問なのは、それが劣等種となる魔族の世界だ。
同じく劣等職とさげすまれてきた彼は、マシェリに同情を抱く。
だが、彼女の受難はこれだけではない。
「ただし、この体質にはもう一つ、呪いのようなものがある」
「呪い……?」
「もし〝運命の相手〟と出会った場合、相手がそれを受け入れれば契約関係となり、絶大な力と引き換えに、名前のとおり運命共同体となる。ただし」
前置きをして一呼吸おくと、アーク王の視線は鋭くなる。
「もしも相手が受け入れなかった場合、能力は相手のものになり自由となるかわりに、本人は災いを呼ぶものとされ、処刑される」
明かされる秘密に、エイルは絶句する。
あまりに理不尽な話に、彼はマシェリを見る。
しかし彼女は、不幸に覚悟を決めているようで、さびしげに微笑む。
「我が輩も、抗えるなら抗いたい。しかし国の王としての責務もある……まさか本当に出会うと思わなかった、こちらの責任もある」
くやしそうに歯噛みし、自分を責めるアーク王。
だが彼は怒りを振り払い、もう一度エイルを見る。
「受け入れるも拒絶するも、貴様次第だ。酷なこととは思うが、選んでくれ」
運命の相手に選択を委ね、王は口を閉ざす。
エイルは拳を握りしめ、うつむいて静かに震える。
となりに立つマシェリは、そんな彼にも微笑みかける。
「お好きなように選択してください。幼いころから、こうなる日が来るのは覚悟していたのです」
「……ああ」
あまり間を置かずに返答するエイル。
マシェリはその早さに、少しだけ驚きを浮かべる。
暖かな目をしたエイルは、少しの間、彼女と視線をまじえる。
彼はアーク王に顔を向け、覇気のある声で答える。
「国王陛下、大変失礼と申しますが」
広間じゅうに響くような声で、エイルは宣言する。
「娘さんを、俺にください」
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