第16話『守護者の朝は早い』
キマイラを倒し『アークス』へ戻って二週間。
きな臭い情勢の中でも、日常は移りゆく。
今朝もエイルは、一人の使用人には広すぎる部屋の中、備え付けられたダブルベッドで目を覚ます。
体を起こし、ぐっと背伸びをして眠気を飛ばす。
そして自分以外の何かによって膨らんだ布団をめくる。
するとそこには、一糸纏わぬ黒髪少女の姿があった。
「むぅ……なんじゃ、もう朝かえ。まだ眠り足りんぞ」
「俺の剣だろ、俺と一緒に起きろ」
顔色一つ変えず、むしろあきれた表情で布団を剥がすエイル。
とたんに少女の肢体は外気にさらされ、震えだす。
「寒っ! 鬼かお主っ!?」
「肌着一枚つけているだけで適温だ。意味もなく裸なのが悪い」
「意味なくないもんっ! お主のおどろく顔が見たいだけじゃ!」
「……ああ、意味はあるな。くだらないが」
「くだらない!? わらわの肢体をくだらないと申すか!?」
猫のように怒る彼女を無視し、ベッドを立つエイル。
鏡台の前に立った彼はてきぱきと身支度を始める。
エイルのうしろ姿を見るヌエは、つまらなそうにため息をつくと、自分もベッドを降りて彼の横に並び立つ。
「初日はあんなに驚いていたというのに」
「二週間も経てば慣れる」
「なにが慣れるじゃ。あの姫君と手を繋ぐまで、まともに異性と関わったこともなかったくせに」
櫛で長い髪をとかしつつ、唇をとがらせるヌエ。
妖刀として長年エイルのそばにいただけあり、彼女はくわしかった。
エイルも図星であるため、こまかな返答はしない。
調子に乗ったヌエは、そんな彼に追撃する。
「それともアレか、この幼い体系ではそそらぬか?」
「またバカなことを考えてるな?」
「わらわは鵺じゃ。ひとの望むカタチに、見たい姿に変身するのが本来のわらわじゃ」
あやしく語るヌエの話を、エイルはかるく聞き流す。
そうしながら櫛を探す彼に、ヌエのおしゃべりは止まらない。
「ほれ、言うてみぃ。胸か? それとも背の高く、尻の大きい女が好きかえ? もしくは姫君のように、今より少しばかり成長してやろうか?」
「わかってないな。姫様は背こそ低いが、ああ見えて胸は――」
乗せられて呟き、ハッとするエイル。
彼がヌエのほうを見ると、彼女はエイルに櫛を差し出しつつ、ジトっとした目で見上げていた。
「……姫様には言うなよ」
「わかっておるわ、むっつり青年」
弱みをにぎったヌエから櫛を受け取るエイル。
髪をととのえスーツを着込み、守護者としての姿になる。
今までと違うのは、腰にあった妖刀がない。
その妖刀であったヌエもまた、どこからともなく召喚した和ロリ衣装を着こみ、身支度は完了する。
「行くぞ、ヌエ」
「そうせかすな」
寝起きから一分足らずで身支度を完璧に終え、エイルは自室をあとにする。
廊下を歩く彼のうしろを、ヌエがあくびをしながら続く。
左腰に手を当てるエイルは、そんな彼女を見つめる。
「……なんじゃ。慣れたと言っておいて、わらわがそんなに気になるか」
「ああ、結局お前の正体が理解できないからな」
「何度説明させるつもりじゃ。わらわは貴様が倒した『きまいら』なる合成魔獣と同じ。違うのはそれがヒトや魔族であり、素材が三ケタほど多いだけじゃ」
と、ヌエはだいぶ説明を端折って話す。
彼女いわく、詳細に話せばかなり〝エグい〟物語になる。
当のヌエも話をしぶるため、エイルは聞かない。
代わりに彼は「なぜ刀の形であるのか」と質問する。
すると彼女も毎度「そうあれと望まれたから」と答えるだけであった。
「この姿では戦闘力もないからのう。戦うならばカタナとなり、お主に振るってもらう他ない」
「俺が望まなかったらどうするんだ?」
「何を言うか。お主はすでに、わらわに魅入っておる」
指摘した彼女は、左腰に手を当てる彼の腕に、からみつくように抱きしめる。
「その証拠にほら、わらわのいなくなった腰を、口惜しげに触れているではないか」
「…………」
「わらわは確かにエイルを選んだ。だがお主も同時に求めておるのだ」
キシシと不気味に笑う彼女に、エイルは返答しない。
反論はできたが、彼自身もそう思ってしまったのである。
そのままヌエを腕にぶら下げた彼は、親衛隊専用の控え室の前に立つ。
彼は背筋を伸ばし、最後の身だしなみチェックをすると、ドアをノックして声をかける。
「入っていいか?」
するとドアの奥から、ブレアの声が返ってくる。
「ああ、大丈夫だ。入ってくれたまえ」
呼びかけに応じ、ドアを開くエイル。
そこにスズとミユウの姿は無く、ブレアだけが立っていた。
――窓から注ぐ逆光の中、下にスーツのパンツだけをまとい、上は素肌をさらした背中を向けて。
「さすがに早いな。勤勉で何よりだ」
エイルを褒めながら振り向こうとするブレア。
王宮イチ大きな双丘が、少しずつ彼のほうへ向く。
するとエイルはあわててドアを閉める。
「何処が大丈夫なんだ?」
「いやぁ、私は気にしていないしな」
「頼むから気にしてくれ」
冷静を装うエイルだが、彼の顔は少し赤い。
ヌエはその顔を見上げ、ニヤニヤと笑う。
「ほほう、やはりお主はデカい乳が好きか」
煽るヌエ。顔をふせるエイル。
そんな二人のもとに、廊下の向こうからスズとミユウも歩いてくる。
まだ朝食も食べていないが、こうして今日も、彼の一日は始まる――。
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