第14話『夜戦、妖刀使いVSキマイラ(後)』
地上での戦闘開始から一分。
優勢だったエイルの攻撃が新たな呪いにより止まる。
(これ以上マシェリと離れれば、スキルも受けられないか……!)
ギリギリの距離で無効化されるバッドステータス。
これより前に出れば『反転』の恩恵がなくなる範囲だ。
攻めあぐねるエイルを見守るマシェリも、彼の異変に気づく。
「ミユウ、キマイラはお猿さんのような頭になりませんでしたか?」
「ほんの一瞬だったけど、どうして?」
従者の答えで確信し、歯を食いしばるマシェリ。
彼女はミユウをチラリと見て決断する。
「これから私が起こす行動で、私がどうなってしまっても、あなたたちに責任はありません」
そう言い残し、マシェリはエイルの元へと駆けだす。
遠ざかっていく彼女の背に、ミユウは手を伸ばす。
「アンタに何かあったら王に誰が伝えるのさ、姫っ!」
たしなめるような感情のこもったミユウの叫び。
それでもマシェリは声を振り払い、立ち止まるエイルの背に駆けよって抱きつく。
「マシェリ……どうして前線に来た?」
「足手まといと思ってくださって構いません」
驚いてふり返るエイルに、彼女はふるえる声で話す。
彼はキマイラに警戒しつつ、マシェリの頭をなでる。
するとマシェリは彼の手に自分の掌を重ね、うるんだ目で見上げる。
「しかしあなたに危険があれば、私の死も同じなのです」
「…………」
「だからエイル様が危ないときは、無理をなさらずお傍にいさせてください。それであなたが強くなれるなら……!」
マシェリの言葉のさなか、キマイラの攻撃が再開する。
ライオン頭になった怪物は、エイルを飛び越えてマシェリへ急降下する。
だがエイルは、そんなキマイラを鋭く見上げ、切り刻む。
ミンチになって降りそそぐキマイラから、マシェリをかばったエイルは、彼女の手をとって二歩下がる。
「足手まといなんかじゃない。マシェリを守るのは、今の俺の『生きる』理由だ」
新たなバッドステータスに抗うように、強調して告げる。
エイルは話しながら身をひるがえし、刃を振りおろす。
そこには再生が完了する前に攻撃してきたキマイラの姿。
黒ずんだスライムのような肉体が、音を立てて潰し斬られる。
「見ていてくれマシェリ、俺の戦いを」
「エイルさま……はい、当然です!」
声をかけあう二人の前でしつこく復活するキマイラ。
あきらめもせず襲いかかる怪物を、何度も殺し続けるエイル。
キマイラがエイルの剣術を学習するなら、彼も少しずつ、並び立つマシェリを守りながら戦う立ち回りが磨かれていく。
その動きはやがて、ペアダンスのように洗練されていった。
「お猿さんの頭になりました! 攻撃の瞬間を見られると低確率で呪われます!」
「そういうことか……わかった!」
攻略法を知り、エイルはマシェリの腰を抱く。
そのまま跳躍した彼は、背後からサルの首を落とす。
「ちょうど厄介な呪いをもらってしまってな」
「やはりそうでしたか……もうすこし早くお伝えできれば……」
「いや、良いんだ。気にするな」
落ち込むマシェリを慰めつつ、着地するエイル。
しかしそれを待っていたように、キマイラは一本角の生えた兎の頭を形成し、マシェリを襲う。
「――危ない!」
キマイラの前に立ちはだかったエイル。
彼の胸を、ドリルのような角が刺しつらぬく。
目の前の出来事に声を失うマシェリ。
怪物の過去を見終えたミユウも、非常事態に青ざめる。
「まずい、この未来は見てない!」
戦闘能力のないミユウは、マシェリを守るために走りだす。
――だが次の瞬間、エイルは自分を貫通した角をつかむ。
「そうか……『死』の、『反転』……っ!」
歯を食いしばりながらエイルはツノを叩き折り、胸から引きぬいてキマイラの眉間にねじ込む。
風穴の空いたエイルの胸は、みるみる塞がっていく。
そうして彼は、確かめるようにステータスを開く。
―――――
『衰弱(反転:成長)体力を増やし、身体能力を上昇させる』
『別離(反転:出会い)自分にとって必要な人物と巡り合う』
『迷い(反転:正しき道)目指す場所へ必ずたどり着く』
『死(反転:不死)生命活動が止まったとき、何があっても復活する』
―――――
反転した呪いが、本物の不死性をエイルに与えてしまう。
キマイラは復活したものの、彼の能力に気づいて身を震わせる。
死の痛みから生還したエイルは、激戦で血濡れた『ヌエ』を目の前の怪物に向ける。
するとどこからともなく、彼の脳に幼い少女の声が響く。
『キシシ……ここまでよくやったのう。これだけの命を食らえば、わらわも力を取り戻せるというものじゃ』
声に誘われるように『ヌエ』を振り上げるエイル。
戦意を削がれ、後ずさりするキマイラ。
異様な光景をマシェリが見守る中、エイルの頭にはなおも声が響く。
『さて、もはやいくつ残機があろうと関係ない。この者に宿る命、全てこの〝鵺〟が喰らいつくしてくれよう』
声のたかぶりに応じて『ヌエ』の刀身を黒い霧が包む。
エイルが刃を振り下ろす瞬間、謎の声は冗談めかして告げる。
『一体の魔獣ごときに長期戦は、わらわも飽きてくるからのう』
振るわれた『ヌエ』から放たれる、黒い煙のような霧。
その中に飲まれたキマイラは、全身を虫に啄まれるように削られていく。
やがて霧が晴れると、そこには霧に触れなかったキマイラの足だけが転がり、二度とよみがえることはなかった。
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