第10話『守護者の品格』
宿に到着し、エイルは三人の荷物を整える。
彼が宿の内装を見ていると、ミユウが顔を寄せてくる。
「広すぎるよねこの部屋」
「王宮の部屋も大概だったが、これは……」
言葉を失うほど、具体的にいえばほぼ豪邸と遜色ない広さと装飾に、エイルは圧倒されていた。
「まあ慣れて気が緩むよりマシっしょ」
「……そうだな」
ミユウの意見に自分を納得させるエイル。
荷物をまとめ終えると、外をながめていたマシェリが振り返る。
「ありがとうございます、こんな雑用もしてくださって」
「使用人として当然のことをしたまでです」
礼をするエイルに、頬を染めるマシェリ。
ミユウは二人を見ながら何かをメモしている。
するとマシェリはハッと顔を上げ、ミユウに呼びかける。
「ミユウ、視察の前に時間はありますか?」
「ん? まあ小一時間くらいなら」
「それでしたら、エイル様と少し散歩をして来てもよろしいですか?」
「了解。遅れないでね」
言いながら彼女を見ずに手を振るミユウ。
突然の提案だが、エイルも身支度を整える。
そんな彼に、マシェリは告げる。
「行きましょうか、エイル様」
「はい、仰せのままに」
*
人通りの多い石畳の道を歩くふたり。
エイルは周囲に警戒しつつ、マシェリに尋ねる。
「姫様、なぜ散歩など」
「約束をお忘れですか?」
言われてエイルは思いだす。
彼女からすれば、犯人探しはすでに始まっているのだ。
それを彼は、もう一つの約束である軽い口調と共に答える。
「着いたばかりは流石に早すぎないか?」
「視察で体力を使うと、こちらが疎かになってしまいますので!」
フンスッ! と鼻息を吐き、やる気を見せつけるマシェリ。
そんな彼女に、エイルは呆れ笑って付き合う。
すると彼は、ふと自分の呪いを思いだす。
「そういえば、マシェリの『反転』って今はどうなってるんだ?」
言いながら手の甲をかかげるエイル。
直後、呪いの載ったステータスが開かれる。
―――――
『衰弱(反転:成長)体力を増やし、身体能力を上昇させる』
『別離(反転:出会い)自分にとって必要な人物と巡めぐり合う』
『迷い(反転:正しき道)目指す場所へ必ずたどり着く』
―――――
相変わらず、押しつけられた呪いは全てバフになっている。
しかし衰弱が反転した成長以外は、あまり実感がわかない効果ばかりだ。
彼は首をかしげ、反転した『別離』に目をつける。
「自分にとって必要な人物とめぐり会う、か……ひょっとして、これで犯人側の関係者と会えるんじゃないか?」
「あり得ますね。やってみましょう!」
見ていたマシェリにも勧められ、うなずくエイル。
しかし実感がない以上、使いかたもわからない。
考えあぐねた結果、エイルはなんとなく念じてみた。
(マシェリを誘拐した犯人たちの関係者……)
そう考えて、数秒もしないうちだった。
通りかかった路地裏から、一人の女が飛びだしてくる。
マシェリにぶつかりそうになり、前に出てかばうエイル。
するとその女は、顔を上げて彼を見るなり舌打ちする。
「何でアンタがここにいんのよ、エイル」
「……ミザリー」
かつてエイルを裏切った仲間の名を、彼は呼びかける。
名前を呼ばれたのが嫌だったのか、ミザリーは再び舌打ちした。
「不幸が感染するから名前呼ばないでくれない? 最悪」
「俺を呪いで殺しかけて、今更なにを……」
「そうね。というかよく生きてたわね」
偉そうに腕を組み、あざ笑うミザリー。
悪びれもしない彼女に、エイルは表情を怒らせかける。
だが彼は、背中に隠れたマシェリを思いだす。
王女にふさわしい人間として、冷静をたもった。
しかし今度はミザリーが、彼の背後をのぞき込む。
「そのガキ、だれ?」
エイルはマシェリをかばうが、彼女も同時に質問する。
「エイル様、この人はいったい?」
「私に呪いを押しつけた、かつて仲間だと思っていた人間の一人です」
彼女の前で、エイルはマシェリを敬って答える。
自分の質問に答えなかった彼に、イラ立つミザリー。
すると彼女は、仕返しするようにネチネチと語りだす。
「ふーん。金持ちのガキのオモチャになったってワケね。アンタらしい〝みじめ〟な末路ね」
「………………」
「それともアンタ、ロリコンでドマゾだったりするのかしら? 不幸なうえにヘンタイだったりするの?」
「………………」
幼稚な悪口に、エイルは何も言い返さない。
彼は生まれてはじめて、薄汚いものを見る目でヒトを見る。
それだけ彼の目に映るミザリーは、醜悪さをにじみ出していた。
「……何よその目。そんな目で見られる立場なの?」
エイルの視線に気づき、噛みつくミザリー。
しかし彼は返答せず、振りかえってマシェリの手をとった。
「姫様、申しわけございません。無駄な道草をしてしまいました」
「良いのです。今後は有意義に時間を使いましょう」
彼の言葉に、マシェリも冷たい口調で告げる。
いつものあたたかな雰囲気は消え、彼女を知らないミザリーですら、氷のような気配に口をつぐむ。
エイルとマシェリは固まったミザリーに礼をし、その場を立ち去る。
我に返るまでの数分間、彼女はボケっとした醜態を多くの人々にさらすことになった。
それから少し離れて、マシェリはいつもの明るさに戻る。
「あの人は私を知らないようでしたね」
「どうやら呪いが発動しなかったようだな。いろいろ研究してみるか」
「研究ですか……いいですね!」
先ほどの暗さがウソのように、二人は街をさぐり続ける。
……ミザリーとの出会いが正しかったことに、今はまだ気づかないまま。
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