第9話『妖刀使いのエスコート』
魔族の国『アークス』と、その隣国をつなぐ街道。
多くの人々が行きかう道に、エイルたちの馬車も走る。
外見はふつうの乗用馬車だが、内装は豪華なものばかり。
そんな馬車の中で、マシェリのとなりに座ったエイルは、彼女にお菓子を勧められていた。
「『アークス』でも人気なスイーツショップのマカロンです」
説明しながら、マカロンをエイルの頬に近づけるマシェリ。
かわいらしい菓子を頬に突きつけられ、少しはじらうエイル。
するとマシェリは、予想どおりの言葉を放つ。
「エイル様、『あーん』してください」
目を細め、恍惚とした表情のマシェリ。
再びよぎるスズの教育〝マシェリたちの命令は可能なかぎり遂行する〟。
彼はすこし頬を染めながら、対面に座るミユウを見る。
眼鏡をかけ、本を読む彼女は、エイルの視線に気づいて顔をあげた。
「……ん?」
オッドアイが二人の様子を観察する。
だがミユウは片手をそっと前に出し、エイルの視線に答える。
「隣国までもう少しかかるし、好きにイチャイチャしてもろて」
それだけ言って、彼女はふたたび本へ視線をもどす。
だがエイルは、おかげでミユウが気にしていないと理解し、少しだけ肩がかるくなる。
すると彼は、あらためて口を小さく開け、マシェリのお菓子を受け入れた。
*
それから数時間後、馬車は無事に隣国へたどり着く。
エイルは二人より早く馬車を降りるとエイルは、あとから続くマシェリにすかさず手を差し伸べる。
「大きな段差になっていますので、よろしければお手を」
「まあ、ありがとう」
人目が多いからか、凛とした声で返答するマシェリ。
エイルの手を取り、馬車を降りた彼女は、小さな声で評価する。
(とてもスマートです。勉強、頑張られたのですね)
褒めながら微笑む彼女に、エイルも満足げに口元をゆるめる。
彼がふたたび顔を上げると、ミユウが馬車から地面を見下ろしていた。
「……手を貸そうか?」
躊躇しているミユウに、エイルは手を差しだす。
すると彼女はその手を取り、なんとか下車に成功した。
ミユウは足元をふらつかせながら、エイルを見上げる。
「あんな揺れる中で本は読むモンじゃないわ」
「なんで親衛隊のミユウがグロッキーになってんだ」
青ざめた彼女の顔に、エイルはやれやれと首を振る。
ミユウが落ちついたところで、三人は改めて周囲を見た。
隣国の首都に位置するだけあって、街はエイルたちも知るとおり多くの人々でにぎわっている。
中には昔の彼のような冒険者もちらほらといた。
不調から回復したミユウは、その様子を踏まえてメモを広げる。
「着いたら視察の予定だったけど、先に宿へチェックインに予定変更して大丈夫?」
「構いません。スケジュールはミユウにお任せします」
「オッケー、ありがとう姫」
フレンドリーに返答し、メモに書き込むミユウ。
マシェリもそんな彼女に、友達のように笑いかける。
はじめて見るマシェリの顔に、エイルは視線をうばわれる。
すると彼女は、笑みを浮かべたまま歩きだそうとした。
「そうと決まれば、さっそく向かいましょう!」
ほがらかに告げるマシェリだが、そんな彼女にエイルは手を前へ出してさえぎる。
突然のことに驚き、顔を上げるマシェリ。
するとそこには、背を向けるエイルと数名の悪漢がいた。
「よぉ、お前達は貴族か?」
「俺たち貧乏でさぁ、お恵みしてくれね?」
マシェリたちを貴族と誤認し、図々しく言い寄る悪漢。
隣国は発展しているが、そのぶん治安も良いとは言いきれない。
彼らの物乞いに、無言で対抗するエイル。
すると悪漢の一人が、ポケットに手を突っ込む。
「いいのかよ、そんな態度でよォ!」
ポケットからナイフを取り出そうとする男。
しかしエイルは、目にもとまらぬ速さで彼に寄り、腕を握ってささやく。
「……相手を間違えるな」
地を這うような声を告げられ、ぞわりとする悪漢。
エイルはさらに耳元へ唇を寄せる。
「ナイフを抜くより、俺の抜刀でお前の首が飛ぶほうが早いぞ」
「ひっ!」
怯える声をあげ、腰を抜かす悪漢。
彼が一目散に逃げだすと、仲間らしき男たちもあとに続いた。
敵を散らしたエイルは振りかえり、マシェリへ尋ねる。
「お怪我はありませんか?」
「は、はい……」
スマートな彼の対応に、マシェリは瞳をきらめかせて見惚れていた。
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