⓪「回想して終わるタイプのプロローグ」
褒められるとやる気が出ます。
まず、自慢をさせてほしい。……俺は、ほぼ毎週末にデートをしている。それも毎回違う女性と。
羨ましいだろ。
羨ましいだろおおおおおおおおおおお!
……はい、自慢終わり。さて、誰に自慢をしているのかはよくわからんが、ここからは毎週末の地獄が始まる。
「今日はよろしくお願いします」
「あらあら……ほんっとに普通ねぇ……」
初対面のおば……マダムから放たれたストレートパンチを、ノーガードな作り笑いで受け止める。
言われ慣れてはいるし、それがウリでもあるのだが……心が傷つくかどうかは全くの別だ。
たとえ正論であったとしても、その言葉をそのまま言っていい訳ではない。だが――
「今日は『指名料等もろもろ込み! 超お得初回限定5時間2000円プラン』でよろしかったでしょうか?」
プラン名を言いながら、俺は自分のテンションが下がっていくことを自覚していた。
いくら初回とはいえ、5時間2000円て。……5時間2000円って!
値段設定したヤツ算数も出来ないのか? 時給400円だぞ!?
だが胸に怒りを漂わしつつも、笑顔を崩してはならない。
たとえそれが、無理やり作った、「爽やか」や「素敵」などの言葉とは程遠い笑顔だとしても!
「ええ、最近息子が一人暮らしを始めてねぇ……寂しいのよぉ」
「……なるほど、それはそれは。では、早速行きましょうか。……車道側は僕が」
「あら、ありがとう。顔に似合わず紳士なのねぇ」
「……ハハハ」
俺を指名する人には、こういう人が多い。
イケメンとは呼べない彼氏とのデートの予行練習がしたい、誰でもいいから若い男の子の成分を補充したい、話し相手が欲しい、イケメンだと緊張しちゃうからこの程度の顔でいい……そんなニッチな枠のお客さんが指名するのが、レンタこと持内錬汰である。
……おい、この程度の顔って何だよ。
陽の差す暖かな遊歩道を、おばさ……マダムの歩くペースに合わせてゆっくりと歩く。
一人の時は好きなペースですたすたと歩くものなのだが、ゆっくりと歩くのも意外と心地よいものだ。
「ところで、どこに行くかは決めないプランでしたが、どこに行かれるんですか?」
料金を支払う時に追加料金を払えば、その料金分がこちら側に渡されて「ここは俺が払うよ」的なヤツができるが、このおばさん……マダムくらい年が離れていれば変な目で見られないはずだ。
以前、二十代前半の女性とファミレスに行った時には、女性店員に汚物を見るような目で見られたからなぁ……あの眼差しはかなりキツかった。
「そうねぇ……行きつけのカフェがあるんだけど、行く?」
「あ、ぜひ。……こっち方面ですか?」
道がわからないため、少し空けていた距離を詰め、すぐ近くにあるらしいカフェに向かう。
カフェとか美術館とか多いんだよなぁ……嫌いじゃないけど――ん?
視線を感じて振り向くが、そこには電柱があるだけ。
まあ、気のせいだろ。俺が犯罪者なら張り込みしているデカあたりが監視していてもおかしくないが、俺は何の罪も犯していない一般人だ。
というわけで、何の気兼ねも無く――いや、何か嫌な予感がするなぁ……
「いらっしゃいませ~。一名様ですね?」
ぶふぉおおおおおおおおおお!
「……いや、二名なのだけれど……」
大きい「研修用」のバッチを付けた、とても見覚えのある女性店員は周りをきょろきょろした後、首を傾げた。
「え? ……あっ、近くにきったないゴミが落ちていますよ? 離れた方がいいと思いますけど」
あ~、そっかぁ。君の幼馴染はきったないゴミなのかぁ。
やっぱりツンデレのデレ抜き幼馴染は言うことが違うなぁ。
「はぁ。……2名です。席だいぶ空いているので好きなところ座りますね? ……空いていてよかったですねぇ」
歩み寄って口を挟み、おばさんの手首を引っ張ってテーブル席に向かう。
「あの子を置いて行って大丈夫なのかしら……」
「大丈夫でしょう、ほら、お客さんもまばらですし」
あいつに背を向けるのも危険な感じがしたため、テーブル席におばさんを座らせ、反対に座る。
注文はともかく、会計の時にあいつを避けながら他の店員を探すために三つあるうちの真ん中を選択した。
なんで俺、退路確保してるんだろう……
「メニューです、すでにお決まりになられておりますか?」
よかった、違う店員さんだ。
「私と同じでいい?」
「ええ、おまかせします」
「じゃあ――」
はぁ、またか……だが、店員なら出てくる料理にさえ気をつければあまり干渉は無いはずだ。それに、同じものが来るなら何かを混入させてくるのは難しいだろう。
いくら俺が嫌いでも、仕事の邪魔は絶対にさせない!
「いや、それにしてもいい店ですよね……」
採用したバイト以外は。
「えぇ、雰囲気も良いし、接客も良いのよ」
さっきのバイトは客をゴミと言ってたけどね。
「お待たせしました、ブレンドコーヒーとナポリタンです」
早いなぁ。こんなもんなんですか、とマダムに視線を向けると、マダムは首を振った。
「いつもより大分早いけど……」
「いや……昨日入った新人が、タイミング良くブレンドの練習をしていたので……あ、店長のお墨付きは頂いておりますが、お気に召さなければお取替えをいたします」
昨日入ったバイト……いや、まさか。俺の行動を予測するヤツは別にいるが、今日はアイツが当番のようだしな……
「いや、大丈夫。引き留めてごめんなさいね」
「あ、いえ、今日のブレンドの説明を致しますので」
コーヒー豆の豊潤な、だが強い香りが複雑に絡み合って鼻孔を擽ってくる。
さしずめ、ブルーマウンテン、キリマンジャロ、モカといったところか。
「マンデリン、ブラジル、コロンビア、ロブスタのブレンドでございます」
全部違った。
猫舌ではあるが、触ってみるとあまり熱くなかったので、恥ずかしさと共に飲み込んだ。
うん、よく分からんが苦くてちょっと酸っぱい。
「おいしいでしょう?」
「……エエ、オイシイデス」
ナポリタンを食べた後に言ったので嘘は言っていない。
ただ、まあ……頑張って飲むか。ん? ぽちゃん?
反射的にコーヒーを見ると…………待って~、何か薬みたいなの浮いてる~。
思わず、後ろの席を覗き込むと、そこにも見知った顔がいた。
「即効性の睡眠薬ですよ先輩♡」
良かった~、舐めて「青酸カリ!」みたいなことしなくて。まあ、そもそも味知らんが。
「なにやってんだよ……」
「ぬるめのコーヒーをすぐに用意しました」
色々と合点がいったわ。
「ってことは……」
「レンタくん、どうかしたの?」
「熟女にうつつを抜かした先輩への罰を執行です♡」
ちょっ、なんだよそれ。一か月くらい前から始まったけど嫌がらせ程度だっただろうが!
「どうも、ご婦人」
「……あら、どうしたのかしら、レンタくんのお知り合い?」
「お、おしっ……なっなんてことを……なに?」
何か副委員長がごにょごにょしてるな。あの女子生徒も付き合わされて可哀想だな……
「……そうです、私はそちらの彼が通う高校の風紀委員長です。少し彼とお話があるので、お預かりします」
「いや、今はちょっと」
「妻木、五里、頼めるか」
「ムキッ」「ゴリッ」
ちょっ、なにそのゴリゴリのマッチョは……って、あああああああああ!
「ちょっ、レンタくんをどこに!?」
「すみません、諸事情により延期させてください! 返金はさせて頂きますのでご贔屓にいいいいいいいいいいいいっ!」
連れ去られる途中、カフェの制服を着た幼なじみ、テーブル席の仕切りから顔だけひょっこりと出した後輩、副委員長を侍らせた風紀委員長と目が合った。
……全員、目が笑っていなかった。そのくせ、口に笑みを浮かべていたのが余計に怖かった。
この前まではあんまり関係性が無かったし、最近になって何故か俺のバイトを茶化したりしてきたのに。
どうしてこうなったんだっけ……