現実逃避のインプット《真エンディングver》
「くっ、この、この……っ!」
と声をあげながらコントローラーをガチャる。
画面の中の敵キャラに食らいついて、なんとかダメージを与えていく。レベル差が激しいけど、ちょっとずつダメージを与えられている。
あとは時間さえかければ、なんとか。
「いける……!」
距離を取って、冷静に。
ヒット&アウェイ。それを繰り返していれば、いつか――。
そう思ったあたしの脳裏に、背後にあるパソコンがよぎる。
もうしばらく手を付けていないハードの、その中に。
書きかけの小説原稿があるのを、あたしは覚えている。
〇●〇
きっかけは、些細なスランプだった。
ストーリーを書いていく途中で、展開に詰まった。視点を変えてもキャラを変えても何をしても上手くいかなくて、気分転換にゲームを始めた。
これが死ぬほど面白かったのだ。
「今年のゲームオブザイヤー、これだよね。クヒヒヒヒ」
一人きりの部屋で、引きこもって着の身着のままでゲーム三昧する。
クソダサ眼鏡をかけてコーラ片手に、ひたすらにキャラを動かしていく。やればやるだけ成果があがるゲームの世界は、ひたすらあたしに優しかった。
ただ少し。
ふとした拍子に、途中で止まってしまったストーリーがよぎることがある。
『それでいいの?』
ゲームの中で、キャラクターたちが会話を通してあたしに呼び掛けてくる。こっちの事情なんか全然関係ないから、これはあたしが勝手にそう思ってるだけだ。
途中で投げ出してしまっていいのか、と。
別に、諦めたわけなんかじゃない。ゲームは大事なインプットだ。
マンガだってSNSだって、無駄なんかじゃない。小説を書くだけじゃできないこともあって、余計な寄り道が創作物を豊かにする。
そう、みんな言ってる。
「この、この、この……っ!」
だって、どうしたらいいというのだ。
知り合いが新人賞を取った。本を出した。新作を書いた。感想をもらった。
そんな中で、クソレベルの低いあたしが、一体どうすればいいというのだ。
相変わらずハードモードのゲームの世界を、あたしのキャラは駆け抜けていく。攻撃しては逃げて、攻撃しては逃げての一撃離脱戦法。
時間をかけてゆっくり、敵のHPを削っていく。カメのような鈍重さで。岩に水で穴を開けるように。何度も何度も。
「これで、とどめ……!」
ほんの少しの罪悪感と共に。
本来やらなければならないことをないがしろにしているのは知っている。けれど、これ以外にあたしは知らない。
効率のいい術なんて。
分かっているならとっくにやっている。バリバリに書いてガンガンに宣伝して、もっしゃもっしゃ人に褒められてもっともっと面白いものを作る。
やれるもんならやってみたい。けれど、実際にできるのはこうして一人きりでゲームをすることだけ。
何もできない。何も成せない。
そんなこと、あたしが一番よく分かっている。
『それでいいの?』
「……いいわけないじゃんかよ、バーカめ‼」
敵キャラを倒して再び始まったゲームキャラたちの会話に、あたしはコントローラーを投げて突っ込んだ。
ああ、分かっている。分かっているさ。これが現実逃避だって。
こうしている間に、周りはもっと努力して、勉強して、少しでも前に行ってるんだ。
そんなのに追いつける気がしない。置いてかないでってわんわん泣いても、待ってなんかくれない。
何度もしてきたから知ってる。上手くいく方法は知らないのに、こんなことだけ知っていて嫌になる。
そして今もまた、膝を抱えて泣きじゃくるんだ。そんなあたしに、画面の向こうから声がかかる。
『でも、私は知ってますよ。あなたがずっと、頑張ってきたってこと』
「……」
『その瞬間瞬間を、命をかけて頑張ってきたってこと。限られた人の一生の中で、刹那の煌めきであろうとも』
顔を上げたあたしに、誰かに作られたキャラは言う。
『あなたが何かを成そうと、戦ってきたことを』
〇●〇
「はー……。このあたしをやる気にさせたんだから、あのゲームマジでゲームオブザイヤーだわ……」
ゲームの中のイベントを終え、あたしは久しぶりにパソコンの前に座っていた。
あれからだいぶ泣いて、あとエンディングにも泣いて、満足したあたしは執筆を再開することにした。
展開は全部頭の中に入ってる。あとはそれを、文章にして落とし込むだけ。
まあ、それが難しいんだけど。完成まで何度も何度も、また引っかかることになるだろうけど――その度に、そう。
「ゆっくりまあ……頑張ることにしますか」
ゲームの中のキャラが、読んだマンガのキャラが、ネットで誰かが残した、何気ない一言が。
ほんの少し、前に進むための力になってくれるのだから。だいぶ寄り道してしまったけれど、その分だけ蓄えたものは十分だ。
「ヒット&アウェイ。それを繰り返して、いつか」
この人生ハードモードの報酬を得てやろう。
まずは、この作品から。
刹那の煌めきを繰り返して、何かを成し遂げたエンディングにたどり着いてやるんだ。