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危機一髪

 俺は無意識にティナを抱き寄せていて、ティナは俺の成すがままに俺の腕に納まってくれたどころかこれからキスを受け入れるという風に瞼まで瞑って見せた。

 閉じた瞼は薄くピンク色に輝き、柔らかなピオニーの花びらを連想させた。

 俺のキスを待つ唇は、リップを塗っているからか、瑞々しく光沢のあるベビーピンクだ。


 ベビー…………。



「で、君はベビーな妹に手を出せないからと、あの子の額にキスをしただけで逃げ帰って来たのか?」


 俺は自室で壁に頭を打ち付けるしかない。

 ティナの唇にキスをしても、きっと彼女は喜んでくれただろう事はわかる。

 だが、舌を入れたらどうなるのか。

 つまり、ベビーな彼女だと思い出した事で俺の理性は戻ったが、俺の理性では止められそうもない程の俺の野生が溢れ出ようとしていた危険事態でもあったのである。


「結婚したならキスぐらい。」


「君が言うなよ!大体この急な結婚は君のせいでしょう!どうして婚約したなんて嘘を吐いたの!」


 ジュリアンは俺の言葉に目を真ん丸にして、うそ、と声に出した。


「何が、うそ、ですか?」


「えー、結婚話が本当でもね、俺は結婚してもみんなしてここに住んでいいよって気持ちだよ。っていうか住んで欲しい希望です。未成年のティナは当たり前だし、君だって軍人生活で留守が多いんだ。ここに間借りしたままで良かったじゃ無いの。」


 俺は常識のない友人に呆れかえるばかりだ。

 彼は本当の恋をした事はないのか?


「どうしたの?そんな変な表情をして。」


「いや、ジュリアン。君はさ、好きな女とそこらじゅうでやりたいって思わないの?」


 ぶっ。


 ジュリアンは吹き出しただけでなく、空気が抜けた風船のようにして吹き出し笑いをしながら戸口に転がった。


「野獣だ!野獣がここにいる!」


 彼はしばらくゴロゴロと床に転がっていたが、数分後には静かになった。疲れただけか?とにかく俺を散々に笑いあげていた彼は落ち着くと、目元の涙を拭いながら俺を見上げた。


「君はさ、ハハ、そんな衝動的な君がそんな激しい行為をしているって噂一つ聞いた事はないけどさ、もしかして、経験が一つもない、のかな。」


 俺はジュリアンの横腹を蹴った。

 そして跪くとジュリアンに覆いかぶさり、今朝のジュリアンからの攻撃の仕返しのようにして彼の頭を押さえつけると彼の唇を唇で塞いだ。


 数年誰にも深いキスをしていないせいなのか、結婚式にジュリアンにされたキスで呼び覚まされてしまった性衝動を知らせてやりたい、という復讐心も込めていた。


 士官学校に入る前は、公立のハイスクールで俺は深い仲にもなった女性だっていたのである。

 しかし、六年の、いや、士官学校時代を入れると十年だが、俺はブランクが空き過ぎた。

 また、俺はそういえば、俺の経験相手は二人で性交そのものは数回じゃないか?


 つまり何が言いたいのかというと、覆いかぶさっていた俺はいつの間にかジュリアンに覆いかぶされる形にマウントされていたということだ。

 それもジュリアンにただの力で下に抑え込まれたのではなく、ジュリアンの舌使いにうっとりさせられたからこその攻守交代という情けなさだ。


「どうした?動きが止まったぞ。」


「俺のプライドを粉々にしてくれてありがとう。俺は君に比べるとチェリーボーイでしかないって思い知りましたよ。教官。」


 ぶはっ。


 再び大笑いし始めたジュリアンは俺の肩に顔を埋めた。

 けれど、彼の笑い方が人が泣いている時のような嗚咽にも聞こえ、床に仰向けに転がったままの俺は俺の上に重なっているジュリアンを抱き締めていた。


「叶わない恋はね、辛いよ。」


「ジュリアン?」


「ねえ、ダン。誰と付き合おうが、どんな快楽を得ようが、俺が抱いているのはそいつじゃないんだよ。君がティナに恋をしているならね、抱き締めな。抱きしめて、……その野獣ぶりで振られてこい。」


「ひどいな。だけどさ、君とそうやって慰め合うのもいいね。ただね、俺にティナが脅えたら駄目でしょう。俺を受け入れられなかったらあの子の居場所が無くなる。あの子が俺を愛してくれるまで、俺はゆっくり待つよ。」


「さっさとやっちまった方が話は早いと俺は思うけどね。君は下手だもの。」


 いつの間にかジュリアンの後頭部を俺は撫でていたが、彼の憎まれ口にムカついたままその頭を叩いていた。

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