チクタクチクタク
ポーチドエッグは美味しかった。
涙が零れるぐらいに。
胸が詰まるぐらいに。
ダンのポーチドエッグを無駄にしちゃいけないと二個も食べちゃったからよ。
そう。
現実に押しつぶされそうだからではないわ。
あの青年はジュリアンの妹である私の立場が羨ましいと言ったが、私としては彼の立場の方が羨ましい。
彼は私の知らない二人の時間を知っているし、先輩とダンと兄を呼ぶならば彼も軍人であり、一年の内の半分は宇宙港に勤務する計算となる二人と彼は一緒のはずだ。ということは、恋がかなわなくとも、一蓮托生の船や基地の中で一緒に働いていく事が出来るのだ。
違う。
今は地上勤務で同じ基地に出勤しているが、兄とダンは宙港勤務シフトを互いが重ならないようにと、私の為に変えてくれているじゃないか。
ああ!本当に、私は二人の邪魔ばかりだ。
それなのに無理矢理な形で私は名ばかりの妻になって、そしてその妻の座にしがみ付こうとして愛する夫の幸せを台無しにしているだけじゃない。
私は戻って来ない夫と、夫が愛する私の兄がいるだろう部屋のドアを見つめた。
見つめるのは何度目だろう。
いつもは直ぐにどちらかが、いや、ダンが兄の部屋から出て来るのに、今日は一時間以上経っているのに兄の部屋から彼は出てこない。
涙でじわっと風景が歪んだ。
歪んだ世界はドアさえも開いたよう、あら、開いた。
ダンはバスローブを纏った姿で兄の部屋から飛び出してきて、あら、ソファに座っている私を見つけるや顔をしまったという風に歪めた。
「あ、あああ。ええと、その!」
「ダン?どうしたの?ジュリアンが酷い状態なの?」
ダンはジュリアンの状態を答えるどころか頬を紅潮させ、半乾きでぼさぼさになっている髪を乱暴に右手でかき上げた。
きゃあ!額が出たのにダンが幼くなって見える!
じゃ無いでしょう、私!
「あ、あなたもどうかしたの?」
「いや。なんでもない。ああ、何でもあるか。あいつはちょっとひどい状態でね、で、どうしたの?どうして君が泣いているの!あのメイヤーが何かしたのか!」
物凄くあたふたしていたダンが急に怒り出した。
それも、私が泣いているからって理由で。
私の胸の中は急にほんわかと温かくなり、私は兄へのダンの気持ちを知っていたはずだろうと自分を戒め直すぐらいに気力が戻った。
何を泣いているの。
ダンが私よりも兄なのは覚悟していた事でしょう。
それでもダンの優しさが欲しいと、彼と離れたくないからと結婚を望んだのは私でしょう、と。
「な、何でもないの。ええと、誰もいなくて寂しかっただけ。子供みたいね。」
私の視界は真っ白になって真っ黒になった。
つまり、ダンが私を引き寄せたからバスローブの白しか見えなくなって、そして、彼の胸に顔を押し付けられてしまったから、私の視界が真っ黒になったという事だ。
温かくて清潔な彼の身体。
石鹸の匂いの中に、彼自身の匂いがほんのりと立ち昇る。
私は彼の胸に顔を擦り付けていた。
凄く幸せで。
モモカが最期にダンの胸を選んだ気持ちがわかるわ。




