見える透明の壁
新島は本の虫ならぬ、ピアノの虫だった。
ピアノの腕はメキメキ上達していたが、一般教養は何一つ分からないままだった。
特に、集団生活になると常識知らずは罪であることを新島は何百回も体感している。しかし、見て感じるだけでは常識は分からなかったのだ。
人間のコミュニケーションは9割が見た目で完結するという人もいるが、新島にとっては話す内容が分からなければ常識の世界へ溶け込めないのだ。
そんな新島を見て哀れに思った母は、1台のノートパソコンを息子に買い与えた。
パソコンなら新島の素顔を隠して他人とコミュニケーションをとる機会が増えるだろうという母の心遣いだった。
普通であれば、ネットのオンラインゲームを勧める親などこの世にはいない。しかし、新島にとってはオンラインゲームがリハビリの一環だったのだ。
新島の母は、やっとの思いでゲームのインストールを終えて新島に毎日やるように必死にジェスチャーで伝えた。
最初は動かし方も何も分からない状態であったが、時間をかけながら徐々に操作方法を覚えていった。
徐々にレベルを上げていく中で、初めてパーティを組んで狩りをするクエストを選択した。
現実世界と二次元の世界。新島は液晶の画面越しに見える社会の縮図に、どこか大きな壁を感じていた。