7 誕生日
年が明けた。冷たい風が吹く中を通学する日々が続いたある日、家に帰ると一通の手紙が届いていた。差出人を見ると、大倉希美の母だった。急いで封を開けてみると、カードが入っていた。カードを開けると次のように書かれてあった。
招待状
大倉希美 誕生日パーティ
日時:一月三十日(日)午後十二時半から
結穂さん、お元気ですか。昨年は希美に良くしてくれてありがとう。ささやかな誕生パーティを開いてやりたいと思っています。
出欠のご連絡お待ちしています。
母 大倉光子
私は一瞬迷ったが、出席することにした。
母に誕生パーティの話をすると、お菓子を買って来て、おみやげに持たせてくれた。
一月三十日、私は希美の家に向かった。
「お互いの家を行き来しよう」
希美が生きていた時、そう言ったのをふっと思い出した。
希美の家は駅から五分のところだった。駅から家に向かう途中、
「結穂ちゃん」
という希美の声が聞こえたような気がして私は振り返った。
希美の家に着くと、希美の母親が笑顔で出て来た。
「結穂ちゃん、こんにちは。寒かったでしょう。さあ、入って、入って」
「こんにちは」
母親が元気そうに見えたので、私は少し安心した。家に入ると、希美の父親が出て来た。
「おお、初めまして。結穂ちゃんかな?」
「はい、そうです。よろしくお願いします」
そう言って、私は頭を下げた。
リビングに入ると、テーブルの上には小さなケーキとサラダやから揚げ、サンドイッチが所狭しと置かれていた。
「さあ、座って、座って」
と促されるままに座ると、隣の席に満面の笑顔で写っている希美の写真が置かれていた。
私がそれに見入っていると、母親が言った。
「それね、最後に家族で旅行した時に写した写真なの。あの子が気に入ってたのよ」
私はじっと写真を見てぽつりと言った。
「希美さん、やっと会えましたね」
そう言うと、場の雰囲気が変わった。私は続けた。
「会いたくて、会いたくてたまらなかった。私、希美さんのこと、探してたの。会えて嬉しいです。しかもこんな笑顔で」
希美の母の目に盛り上がるものがあった。私は言った。
「希美さん、お誕生日おめでとう」
「あら、それを言うのはちょっと早すぎるわ。乾杯しましょ」
と少し赤い目をしながら、笑って母親がグラスを配った。飲み物を注ぎ、三人で
「乾杯!希美、誕生日おめでとう!」
「乾杯!希美さん、お誕生日おめでとう!」
「十八歳、おめでとう」
と乾杯した。写真の中の笑顔の希美がさらに笑顔になった気がした。希美の母が言った。
「さあ、食べてね。たくさんあるから」
私は遠慮なく頂くことにした。たくさん食べたら、目の前の希美に、私が元気だということが伝わると思ったからだ。ごちそうを食べながら、たわいのない話をした。
私は、作文の校内コンクールで入賞した話をした。
「まあ、すごいじゃないの。どんな作文だったのかしら。読みたいわ」
と希美の母が驚いた顔で言った。
「実は、希美さんのことを書いたんです。今日、その作文、持って来てるんです」
「是非、聞かせてちょうだい。ねえ?」
と希美の母が父に同意を求めた。父は口をもごもご動かしながら、うなずいた。私はかばんから、作文を取り出し、読み始めた。
でも、希美のことを書いたくだりになると、涙が出て来た。必死で食い止めようとしても無理で、私は泣きながら読んだ。聞いている希美の母も泣いていた。それでも読み終えると、二人は大きな拍手をしてくれた。私はお辞儀をして、作文をかばんに戻した。
「希美がねえ・・・・。あの子、『私は誰の役にも立てなかった。生まれ変わったら、誰かの役に立ちたい』って口癖のように言っていたのよ。でも、でも・・・ちゃんと役に立ってたのねえ」
と、涙ながらに希美の母は言った。
「希美さんは、私にとってはお姉さんみたいな存在です。私、中二の妹がいるけどあんまり仲良くなくて・・・。ろくに話もしないんです。希美さんとお話するの楽しかったです」
「そうなの。希美は希美で、きょうだいが欲しがってたからね。あなたがいて本当に良かったわ」
「ありがとうございます。希美さんが亡くなって、私、一生懸命生きようって思いました。それまでは病気だからって、何もかも面白くなくて投げやりになってたけど、小さなことでも前向きにやろうって、希美さんがどこかで私を見ているからって思うようになったんです」
「そう・・・・」
と希美の母は優しい顔で私の話を聞いてくれた。
二時間ほど、希美の思い出話や近況を話したところで、私は帰ることにした。希美の母が
駅まで送ってくれた。
「また来てちょうだいね。希美もきっと喜ぶから」
「はい、また来ます。ありがとうございました。ごちそうさまでした」
すると、後ろから息をハアハアしながら走ってくる人がいた。希美の父親だ。手にはさっきまでテーブルに置いてあった希美の写真を持っている。
「これ、結穂ちゃんにあげるよ。希美も結穂ちゃんのそばの方が喜ぶだろうし」
そう言いながら、フレームから写真を取り出した。
「え!?そんな貴重なものは頂けません。希美さんのこと、忘れたりしないから大丈夫です」
私は断った。でも父親は言った。
「焼き増しすればいいだけのことだからね。もらってくれるとありがたいよ」
母親もうなずいている。私は満面の笑みを見せる希美の写真をいただくことにした。
「気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございました」
私はちょうど来た電車に乗り込んだ。
それから約一カ月。私の高校では卒業式が行われた。寒さの厳しい時期は過ぎて、優しい光が射す時期になっていた。何が起こっても、きちんと季節は巡って来る。それと同じで今がつらい時期でも、生きていればそれはいつか光の射す温かな幸せにつながっているのかも知れないと私は思った。
家に帰るとフレームに立ててある希美の写真に向かって、私は言った。
「希美さん、卒業おめでとう」
希美は学校へは行っていなかったが、それでも一つの区切りを天国で迎えたはずだ。
「結穂ちゃん、ありがとう」
私は確かに希美の声を聞いた。
次の土曜日、私は佐々木くんと出かけた。映画を観に行くのだ。冴子の見立てでピンクのワンピースを着て行くと、駅で待ち合わせた佐々木くんは言った。
「UFO、その服、似合ってるな」
「そうお?ありがとう」
「ずっとその服、着といて」
「そんなの無理だよ。学校じゃ制服でしょ?」
「僕と会う時は、その服着てくれよ」
「えー。色んな服、着たいんだけど」
「じゃあ、色んな服着て。どれが一番いいか見極めるから」
私は声を上げて笑った。
「わかった。ファッションショーしてあげるよ」
今の私は明日へ、未来へ向かって進んでいる。病気はあるけど、私は今、幸せだ。
私は、今この瞬間、生きていることが、心から嬉しい。