5 悲しみを越えて
私は最初の数日間、自室にこもったまま、ご飯も食べずに泣いた。私の様子はまるでゾンビのようになってしまった。私の入院中、一度も見舞いに来なかった若葉もさすがに心配しだすほどだ。
今まで、私は、死ぬのは私が一番早いと思って生きてきた。それが、短期間だったが大事な友達に死なれてしまったのだ。私は人の命の重みを知った。
冴子も心配し出し、毎日のように来てくれた。でも、ただ泣くか、ただ一点を見つめてぼんやりするだけの私の状態に困っていたのだろう。ある日突然、佐々木くんを連れて来た。
「いやよ、会いたくない」と私。
「いつも会いたいって言ってたじゃない」
「今は会いたくない」
「どうして?会ってしゃべったら少しは元気でるよ」
「そんなことない。とにかく帰ってもらって」
「だめよ。せっかく部活中断して来てくれたんだから」
「そんなのおせっかいよ。そっとしといて」
「結穂。もう十日もそんな様子なのよ。ちょっとは元気出そうよ」
「冴子にも佐々木くんにもわからない。お願いだから帰ってもらって」
と私は部屋のドアを押さえて言った。すると佐々木くんが言った。
「なんだい、なんだい。せっかく来たんだから入らしてもらうよ」
といとも簡単にずかずかと私の部屋に入って来てしまった。佐々木くんは陸上部のユニフォームのままで、汗のにおいがかすかにした。入って来られてしまったので、仕方なく私はドアを閉めた。
「佐藤さん、だいぶ痩せたね。夏休み、何してたの?」
平然と佐々木くんは言った。
「入院してたの。三週間ぐらい」
佐々木くんは驚いた様子で私と冴子を交互に見ながら言った。
「入院?どうして教えてくれなかったんだよ。見舞いに行ったのに」
「ほんとに?来てくれたの?」
私はちょっと明るい光が見えた気がした。
「そりゃ行くよ。なあ、三品さんと一緒に行くよ」
冴子はうなずいている。
「ありがとう。でももう退院して来ちゃった」
「治って良かったじゃないか」
と言う佐々木くんに私は少し深刻な感じで言った。
「私の心臓はこれ以上良くはならないの」
佐々木くんはうーんとうなった。
「佐藤さんは大変なもの抱えて生きてきてるんだね。えらいよ。ほんとにそう思うよ」
佐々木くんにそんなこと言われたら、私は涙が出て来そうになる。
「全然、そんなえらくはないの。私が病院でできた友達なんて、死んでしまったのよ。しかもそれを受け入れて、落ち着いて亡くなったの」
私は希美のことを思い出して、涙をこぼした。
「私も早く自分の病気を受け入れて、落ち着いて生きていきたい。もう疲れたの」
佐々木くんも冴子も何も言えることがないのか黙っていた。しばらくして、佐々木くんが口を開いた。
「あのさ、僕、健康体で病気の人のこと、何にも言える権利なんかないって思うけど、佐藤さんが、そうやって病気を受け入れたいと思うなら、きっと受け入れられる日が来ると思う」
「私も」
と冴子。
「ありがとう」
私は涙目で微笑んだ。
「さてと、行くか」
と佐々木くんは立ち上がった。
「佐藤さん。泣くことは全然悪いことじゃないよ。友達、亡くなったんだろ。泣けよ、気が済むまで。だけど、ちゃんとご飯は食えよ。どんどん細くなって、そのうち消えるんじゃないかって心配だよ」
思いがけない佐々木くんの言葉に、私は顔をあげて佐々木くんを見つめた。
「うん、分かった」
そして私は言った。
「私、体育いつも見学でしょ?いつも思うの、走りたいなあって。でもね、走りたいだけじゃない、馬鹿げてるかも知れないけど、この大空を飛びたいって思うこともあるの。」
「うん、いいんじゃない?」
と佐々木くん。
「そうよ、希望は大切じゃない」
と冴子。
「じゃあ、またな。お大事にー」
と少しふざけた調子で佐々木くんは言い、冴子は
「私、途中まで佐々木くんを送って来るから。またすぐ戻るから」
と言った。
冴子の言った通り、佐々木くんと話して少し元気が出ている自分に気付いた。佐々木くんとずっと一緒にいたいと思った。
私は冴子が戻ってくるまで、ぼんやりしていた。親友を失った悲しみを歌った歌を聴きながら。
私はメールを打つことにした
「希美さん、どうしてますか?今どこにいますか?私を置いて行ってしまったんですね。私は今、悲しくてたまりません。もっとおしゃべりしたかったですね。」
一体何を打てばよいのか分からず、とりあえずこれだけ送信することにした。メールは無事に送信された。
「音楽、聞いてるの?」
戻ってきた冴子が言った。私はうなずいた。
「いい歌だね」
「冴子、ありがとう、佐々木くんを連れて来てくれて」
「いいよ。佐々木くんも結穂に会いたそうだったし」
「私に?!」
「良かったね、結穂」
私はなぜか泣きだしてしまった。しばらく泣いていると涙は止まった。冴子が言った。
「今の、うれし泣き?」
「えーっと」
と私は考えた。最近泣いてばかりいるので、自分が一体なんで泣いているのかわからなくなってしまっていた。
「うん。たぶん、うれし泣きだと思う。いつか、佐々木くんに告白できたらいいな」
「そうだね」
「希美さんの分まで一生懸命生きなきゃ。私、最初で最後の手紙に『もし希美さんがいなくなっても私は、私らしく生きていきます。つらいことがあっても希美さんのこと思い出して頑張ります』って書いたのよ。頑張らなきゃ。希美さんに『嘘つきだ』って怒られてしまう」
「結穂、生まれ変わったね。」
冴子が微笑んで言った。
「ありがとう。でも、まだまだよ」
その晩、私は机に向かいこれからの自分を心に描きながら言葉にしていった。
●体を大切にする。
●心臓のことはあきらめる。今の状態を受け入れる。心臓のことでいじけない
●自分の気持ちも友達も大切にする。
●佐々木くんと仲良くする
●若葉と仲良くする
●将来の夢を持つ
それから私は自分なりに頑張った。時々、希美がそばにいてくれるような気がしていた。そんな希美に喜んでもらえるように。
夏休みも終わり、放課後のダンスの練習はいよいよ仕上げに近付いて行った。以前は自分に関係ないと思っていたダンスをしている時は、自分も体操服に着替えて見学した。時々
「一、二、三.四・・・」
と拍子取りをした。そうしていると、自分は踊らなくても、踊っている人達が仲間だと思えるようになった。
「佐藤さん。ありがとうね。体調は大丈夫?」
と上級生。
「大丈夫です。私、心臓が悪いので踊ることはできませんけど」
「それは大変ね。無理しないでね」
とその上級生は優しく言った。
私の心臓は奇跡が起こらない限り良くはならない。
でも、そんな私にもできることはたくさんある。
それを頑張ろう。
私は自分にそう言い聞かせ続けた。
今まで心臓のせいで将来を捨てて来た私にとって、将来の夢はなかなか見つけにくかったし、若葉とは相変わらず私が仲良くしようと思っても難しかったが、私は希望を捨てなかった。いつかは見つかる。いつか心は通じる、と。
そして、私は時折、希美にメールを送り続けた。
「希美さん、今日は体育祭でした。私は相変わらず見学だったけど、でも楽しかったです。希美さんに話したかったなあ、体育祭の話。メールで送りたいけど、長くなっちゃうな。私達のダンス、大成功だったんですよ。でも、他のクラスのダンスも良かったと思います。私、希美さんに出会う前はダンスなんてって思ってました。だって見学するしかなかったから。でも、今は面白いと思います。来年も再来年も体育祭を楽しみにしています。こんな私は幸せですね。」
メールは無事に送信できた。しかし、十月初め、携帯電話を解約したのだろう、メールはついに送れなくなった。